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くすり指

 目のくりっとした、可愛いい、活発な女の子だった。
中学校の同じクラスなので、何かあれば、別に気にすることもなく教室では喋っていた。

 ある時、どこかで傷つけたのか、自分の左手のくすり指から血が出ていた。

こちらは全く気付かなかったが、
「あれ、南江くん、指を怪我しているよ」
「え?」
「絆創膏を貼ってあげるから、ここに座って」
と、教室の机をはさんで、椅子に座らされる。

 小さな花柄の小袋から絆創膏をとりだし、手際よくくすり指に巻く。

 その、細い指先を、じっと見てるだけだった。

「知ってる?結婚指輪をどうして、くすり指にするか」
「え?知らないよ、そんなこと」
ちょっとだけ、顔が赤らむ。

 すると、拝むようにして自分の両手を合わせる。

「こうして、手のひらの所だけは離して、五本の指だけくっつけるの。
そして、くっつけた左右の同じ指を強く押しあうの。
やってみて。
どう? 強く押してる?」

「ああ」

女の子と同じように両手を合わせ、指に力を入れる。

「指を一本ずつ離してみて?
 まず、親指だけ」

「ちゃんと離れるよ」

「じゃあ元通りくっつけて、
 次は人差し指だけ離して。
 次、中指。
 離れるよね。

 じゃあ、くすり指」


「ん?  離れない!」

「でしょう!
 だから、くすり指に指輪をするのよ!」
と、微笑みながら、大きな目をさらに見開きこちらをのぞき込む。


 ある日、クラブで遅くなり急いで帰宅していると、前方にその女の子が一人で歩いていた。

『帰る方向が同じだったんだ』

だんだんと二人の距離が近づいてくる。

『どうしよう。追い越そうか。このまま離れていようか』

『追いついた時、何と言おう。さよならか、それとも気づかないふりしようか』

『いや、気づくだろう。何、話そう』

 差し迫った3択問題をどれにするか悩む自分がいた。


 そうこうしているうちに、前を歩いていた女の子は、自分の進む方向とは違う道に曲がってしまった。

ただ、曲がる瞬間、ちらっとこちらを見たような気がした。

ほっとするとともに、なにか目の前にあったとても大切なものが、

シャボン玉が弾けるように一瞬で消えてしまったようだ。



歩く速度が、

極端に遅くなる。



 しばらくすると、女の子を教室で見かけることが少なくなった。
 どうやら、体調を崩して家にいるらしい。


 学校から帰る時、あの曲がり角から去った後姿を思い出す。




二月の寒い日、

突然、その子が亡くなったと知らされる。

 いつも一緒に仲良くしていた一人の女友達が、代表して葬儀に出ることになった。

クラスの皆がお別れの文を書き、その女友達に渡す。

 何も書かず、教室を出ようとすると、その女友達が近寄ってきた。

「南江くん、美樹と一緒に家に帰ることがあったでしょう?

 でも、一言も話してくれなかったって言ってたよ」

「えっ」


「それと、くすり指の絆創膏、
いつまで貼ってるんだろうって笑ってた」


驚きながら、さっと、くすり指を隠した。


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