『嘘つきのための辞書』エリー・ウィリアムズ
なぜこの本を読もうと思ったのかを考える。一つの辞書に関わる人物たちがいて、時代を越えて送られてくる辞書にこめられたメッセージを読み解いていく。題名からそんな内容だと思って読んでみました。物語の内容はそのような小難しい感じではなく、かわいらしい愛すべき小説だなと感じました。私好みのおもしろい小説でした。読み終わったあとにもう一度序文を読みました、序文と第1章のあいだに「novel(名)ささいな話。たいていは愛に関すること」とあります。まさにこの物語を表す言葉だと思います。
物語の舞台は「スワンズビー新百科事典」の出版社、1930年ころに第1版の印刷直前までいった未完成のプロジェクトをかかえた会社になります。現在のスワンズビー社でインターンとして働くマロニーと第1版が編集されていた当時に辞書編纂者として働くウィンスワースが主人公になります。現在と100年前を交互に語られていきます。
マロニーはゲイなのですが、恋人の存在を明かすこと無く隠しています。ウィンスワースはいじめっ子の婚約者に恋をしてしまいます。どこらも心のなかにもやもやを抱えながら、スワンズビー新百科事典の編纂業務を行っているという共通点があります。
ウィンスワースはそのもやもやを自分の創作した存在しない言葉を辞書に載せることで晴らそうとします。一方マロニーはその存在しない言葉を見つけ出すことに熱中します、現実から目をそらすようにです。二人はまったく逆のことをしているのに、実はおなじ心理で動いているという面白さがあります。
二人の主人公が時空を越えて、言葉を介して会ったころから心境の変化が見えてきます。ウィンスワースの思いがマロニーに伝わったに違いありません、同じ思いをしている人間が100年前にもいたことをです。
二人の物語がどこか滑稽な笑えるように感じるのはなぜでしょうか。たぶんふたりとも仕事にも人間関係にも必死に向き合っているからだと思います。必死になっている人間はどこか滑稽に感じられるところがあります、だったら私も滑稽に思われるほど必死に生きてみたいと思わせるところがありました。
スワンズビー社の最後は二人の主人公の誠実さにくらべてあっけなくいまいちな感じで迎えてしまします。対して二人はハッピーエンドを迎えるわけでもなく、表面的にはなにも変わっていません。でもどこか殻をやぶって成長したところが感じられ、そこに小さな感動があります。
辞書には「マウントウィーゼル」という辞書を丸写しされないための虚構の言葉が載っているそうです。この名もなき人たちのどうでもよい話はまさに「マウントウィーゼル」のような物語と行って良いでしょう。
最後にねこの存在を忘れてはいけません。どちらの物語にも登場する出版社に住み着いているねこはたぶん妖精ではないかと思います。どちらもおなじねこではないかと。ねこがふたつの物語を繋いでいる表紙の絵のようにです。