記念会による読書案内、その②『余白の春』瀬戸内寂聴 著:岩波現代文庫
前回、ブレイディみかこ氏の『両手にトカレフ』を取り上げたが、それにしてもこの大正時代の女性革命家、金子文子のことを今、どれだけの人が知っているのだろう?
そういう意味では、ブレイディ氏の著書は分かりやすい入門書だった。
歴史に疎い人なら、2019年に日本でも公開された韓国映画「金子文子と朴烈」を観ると話が掴みやすい。映画では文子と夫の朴烈(パクヨル)の夫婦愛が中心に描かれる。現在DVDや配信でも視聴できる。
『余白の春』は、1971年(昭和46年)から翌年72年まで「婦人公論」で連載。獄中の日記や法廷での答弁書なども多いので、どちらかと言うと伝記小説というより、ルポルタージュ的要素が強い。
文子の不幸な生い立ち、無籍者であるが故に学校にも通えない境遇、幼少時の自殺未遂など、生き様は痛ましい。
17歳になると家出娘さながら上京、苦学し、さまざまな労働を渡り歩き、また男たちと出会い、時には性的体験も重ねながら、社会を知る。不当な世の中に反逆心を募らせ、アナキズムや、社会主義に目覚めていく。
そこのところはひとつの成長小説としても面白い。
それでも文子の思想は机上ではなく、自分で経験して得たもの。言わば、路上の哲学、身体で体得した反逆の思想だった。
やがて在日朝鮮人革命分子の朴烈と出会い同棲、不逞社の結成へ。
運命を分けたのが大正12年の関東大震災、そのどさくさに紛れての逮捕。そこは、同じく著者の『美は乱調にあり』の伊藤野枝、大杉栄を髣髴とさせる(今年はその二人の没後100年)。
文子たちが捕らえられた罪は、大逆予備罪。
予審から裁判にかけて、ひとり国家と対峙する文子の物言いや、法廷で語る人間の生き方、社会の不平等さについての答弁に、圧倒される。これが、きちんと教育の機会すらなかった20歳女性の主張であることに驚く。いや、逆に言えば、教育の機会がなかったゆえに、アウトサイダーとして社会の外から物事を見る眼が育まれたのかもしれない。
夫である朴と生き、死のうとする覚悟を持って文子は言う。
「よしんばお役人の宣言が二人を引き分けても、私は決してあなたを一人死なせては置かないつもりです」
権力が個人を蹂躙していく怖さは、いまの時代と地続きでけっして過去の話ではない。
ぜひ、これを機に金子文子を知ってほしい。学ぶことや闘うことの大事さを気づかせてくれる。
寂聴も言ったように、まさに恋と革命。
最後に。映画と小説では文子の獄中死に関して、若干解釈の違いがある。そこにも注目してほしい。