小説 神様日記(現代版陰陽師)3

翌日から私の訓練は始まった
時間は朝の六時。場所は家の近くの公園。薄っすらと明るく、朝の陽光が私の顔を刺す
「まず、呼吸法からだね。長息、短息、絶息。これから覚えようかな」
勇麻さんがそう言った
頭の中に文字が浮かぶ。長息、短息、絶息
「そうだよ。これが三次元の人間の基本呼吸法となる。長息が所謂深呼吸。リラックスと回復を担当する呼吸法。ゆっくりやってみて」
 勇麻さんがそう言って、私は「はい」と答えた
 私はゆっくりと深呼吸を始める
「フー」
 ゆっくりと息を吐き
「ハアー」
 ゆっくりと息を吸う
「そ、目を閉じて、リラックスと心と体を一つにする事をイメージして」
 私は目を閉じ
「フー」
「ハアー」
と繰り返す
「うん。筋がいいね。目を閉じたまま聞いて。その呼吸法が基本。その感覚の延長が下界で言われる所謂回復魔法になる」
えええええええええええ!まじですか?
「はい。気勢が乱れた。呼吸と精神を整えて。まじだよ」
勇麻さんは楽しげに言った
「そそ、目を閉じても僕がどういった風に喋ってるか分かるだろ?意識を体と一体化させていく。様々な感覚を鋭敏にさせる技術の一つ。「目伏せ」も同時に覚えよう」
うわ。ただの深呼吸かと思ったのに
「ん。そ、ただの深呼吸の延長だよ。目を閉じリラックスして他の四感で世界を感じる。目の見えない人とかが聴覚や触覚が発達してるのと同じ感覚。目を閉じリラックスする事で他の感覚を極めていく。所謂「目伏せ」だ。落ち着いて呼吸する事が肝要だ」
「スー。……ハアー……」
 私は目を閉じたまま深呼吸を続ける。10分くらい続けたろうか。なんとなく勇麻さんの言った事が理解できる。目の不自由な人はこんな感覚の中に居たのだろうか
「はい。目を開けて。それが長息の基礎。毎日10分でいいからするといい」
「はい。了解しました!」
 私は目を開けてシュタッと敬礼した
「次は絶息。所謂無呼吸の型。下界ではスポーツ選手とかが特に使う。ついでに正拳中段突きも覚えようか」
 ええええええ。まじ?空手?
「まじだよ。記憶にある通りに空手家が中段突きをする構えをやってみて」
 私は頭の中の記憶にあるどこかで見たような空手家の中段突きの構えをする。漫画だったかな?どこかで見た事がある
「やっぱり筋がいいな。でも土台未経験者だね。えーとここと、そこと、そこ」
 体に軽く叩かれた様な感覚が走る
「今、触れたとこを軽く引き締めて」
「はい」
 私はそう答え、叩かれた様な感覚が走った場所を引き締めた
「そ、その状態でさっき長息で覚えた体を緩める感覚を使って体を楽にしながら構えを維持する。そ、そう。目を閉じてもいい」
 私は構えを維持したまま目を閉じる。そして深呼吸。長息を使う
「うわ。筋いいなあ。もう長息そういう風に使うか」
 えへ、褒められちゃった
「それで弛緩した体を解き放つように思いっきり空中を突いてみて」
 私は言われた通りに突く。先程の長息で覚えた感覚が私の体を包んでいる。目の見えない人が持つと言った鋭敏な感覚の模倣だ。拳の先に意識が集中しているのが分かる。なんかベス〇キッドみたい
「お見事。凄いな。三次元体の女の子なのに。一発で覚えるのか。所謂天才ってやつか」
 ふふふ。褒めろ褒めろ
「いや、調子に乗らない。今、正拳を前に出した瞬間に呼吸が止まったね。そ、エイって感じで。それが所謂絶息。無呼吸の型。無呼吸の瞬間に力を放出する技術、皆、意識しないでやってるけどね。「エイ!」とか「ヤ!」とか掛け声掛けてね。それを極めていくと、所謂無呼吸連打が打てるようになるけどそれはまた先の話。当座、その型で左右の正拳突き。10本ずつだね。絶息覚える為と戦闘の基礎訓練だね。取り敢えず女の子だしそんなもんかな。きちんと意識を集中してやる。「きちんとやる10本の正拳突きは100本の正拳突きに勝る」親父の言葉だ。丁寧に意識してやって」
 私は意識を集中して左右交互に10本ずつの正拳突きを一回一回丁寧にやる
「「外し」はまだ早いね。当座、それを一日おきに10本ずつね」
「はい」
「ん、今度はさっきの長息やって。呼吸を整え回復とリラックスに努める」
「了解しました」
 私は笑顔で答える。意外と楽しい
「長息やりながら聞いて」
「はい」
 私は頷いた
「取り敢えず基本呼吸法の最後、短息。これから公園の外周を軽くマラソンしてもらう訳だけど。「スッスッ」と二回息を吐き「ハッハッ」と二回息を吸う。リズミカルに呼吸を維持してやる。長時間の作業。そ、マラソンとかに向いた呼吸方法。この三つが基本呼吸法となる。これら三つを極めると三次元では大半のケースでの呼吸法の対応ができる」
 意外と基本的な事なんだ
「そそ、意識して使いこなしてないだけで使ってる地球人はかなりいる。基本がその三つに纏まるというのはあまり知られてないね。親父曰く「全ては基本の延長だよ」だ。そうだ」
 うは。お父さんすご
「ありがと。呼吸法の調練と同時に基礎体力の向上をやる。空手の型とかは一人じゃ無理そうだから、僕が手を貸すよ」
「ありがとうございます!」
「ほいよ。落ち着いたら柔軟をして公園の周りを2周かな」
「柔軟はなにがいいですか?」
「アキレス健を伸ばす体を伸ばす動き。下界じゃラジオ体操の動きに入ってる」
 勇麻さんはそう言って、私は軽い柔軟体操をして呼吸を整え走り出した。「スッスッハッハッ」と息を整えながら走る。リズミカルな呼吸はマラソンをしている私の足をやはりリズミカルに滑らせる。呼吸は整ったまま足は確かな旋律を刻んでいく。外周200メートルの2周400メートルを私は簡単に走り抜けた
「はい。ストップ」
「まだいけますよ♪」
 私は言った
「いや、終了だよ。軽く体を動かすだけ。基礎運動に体を慣れさせるのが先だ。君は体育系の事は殆どしてないからね。体幹を安定させる為の基礎運動。それ以上の事は余裕が出来てからやろう。はい。体を休ませて。短息からゆっくりと長息へと変えて。座って休んでもいい。10分休憩したら。震脚と回し受け。十字受けの動きを教える」
「了解です」
 私はそう答えると中座しその後呼吸を整え座り込んだ
「どう?」
「体を動かすって意外と楽しいです。インドア派の私にも軽く出来る感じでいい感じです」
 私は呼吸を整えながらそう答えた
「うん。計算してるから」
 流石神様
「今日基礎の練習の仕方は教えるから、自分で分けてやってみて。交互に練習できるように組む。1日ごとに違う練習をして鍛える部分を変える。こうすると効率がいいんだよ。そして、ちゃんと休む。ちゃんと休養を取って超回復させつつやる事」
「そうなんですね」
 私はそう言って勇麻さんの方を見る
「うん。下手な根性論は有害だからね。出来る量をやっていき少しずつ鍛え込む。女の子だしね」
「ありがとうございます!」
 私はまたお礼を言った
「休めた?」
「はい」
「じゃあ、回し受けと十字受けから。見本見せるね。ゆっくりとやるから」
 勇麻はだらりとしたリラックスした構えから、ゆっくりと右手を下から上へと回して止めた
「もう一度やるね。この時点で開手から軽く手を握る」
 だらりと下げられた右手が少し持ち上がり、軽く握られる
「そして、腕を回しながら体の外側へ力を放出し、弾く感じ」
 勇麻の腕が光って見えた。力の方向が視覚で伝わる
「はい」
「やってごらん」
 勇麻さんは腕を組み私を促した
 私は立ち上がる。勇麻さんの真似をしてリラックスした状態を作る。そこからゆっくりと腕を回す
「凄いね。一度見たら出来るのか。親父と一緒だな」
「そうなんですか?」
「うん」
 褒めて褒めて~。心の中でそんな声がする
「うん。凄いよ。同じ要領で左手も」
 私は左手でも同じ動きをする
「これも左右十本ずつね」
「了解しました!」
 私は両方を交互に10回ずつやった
「はい。じゃあ、足のガードと十字受け」
 勇麻が右足を跳ね上げ、太ももを硬直させぴたりと体の中心部が守られるように固定する。足の形はくの字。成程、こうやって体幹をガードするんだ
「そそ、体の中心部には急所が詰まってるからね。こうやってガードする。やってみて」
 私は見よう見真似で勇麻さんの動きをトレースする
「ホントに一回見たら出来るな。これ、ゲームで動き覚えさせた方が早いな。ゲーム機は持ってたな。砕奈。データを」
……了解しました
「格闘物の……あーあるね。お?お小遣いはこれくらいか。中古屋でいいね。○○〇っていう3Dの格闘ゲーム中古で買って動き覚えて」
 ええええええええ。ゲームでいいのおおおおお
「いや、あのゲームは基礎的な動きはトレースしてるから。八極拳使いの○○〇をトレースするとこからでいいかな。最初は八極拳から入るのがいいみたい。一日30分はそのゲームやって。覚えるまでだけどね。一回見たら出来るから。そんなに時間掛からないとは思うけど。教材だね」
「はーい」
ゲームが教材なのか
「それも左右10本ずつ」
「了解しました!」
 私は丁寧に右足の受けと左足の受けをやった
「んじゃ、十字受け。えーと空手で一般的に言われる十字受けとは違うんだよね。こういう風に」
 勇麻はそういうと両腕の上腕部が十字になるように頭の上で組んだ。そして続けて下腹部を守るように体の下の方でも十字に受けて見せた
「これも上下十本ずつ」
「結構ありますね」
「基礎の動きだからね」
 私は言われるままに上下でクロスに組む受けの型をやった
「はい。基礎技終了。後の基本は、体の力の開放と鍛錬の基礎、「震脚」だね」
「震脚?」
「大地を震わせるような足の踏みしめ。八極拳の武術家で有名な李書文は、コンクリートですら踏み抜いたと伝え聞くよ」
「うは。凄そうな技!」
「技と言うより土台だね。これきっちりとやると技は何倍もの威力を持つようになる」
「うっは~八極拳すげえ」
「王者の拳と言われてるね。ま、全部覚えるのは大変だから基礎だけだけどね。じゃ、まずゆっくりと踵から足を降ろしてゆっくりと歩いてみて。大地を踏みしめるように」
「はい」
 私は言われた通りにゆっくりと大地を踏みしめるように歩いた
「ん、やっぱり筋がいいな。それの延長。じゃあ、僕がやって見せるね」
 勇麻さんが「震脚」をやるとありもしない音が響くような感覚が響いた。霊体だから音がする訳がない。だけどバシーンというような音が何故か見えたようだった。これか、これが「震脚」か
私は見よう見まねで真似をする.
踏みしめる。いや、それを超えて大地を踏み抜く感覚
バシッ!私なりに大きな音がした
「そ、大地を叩き伏せ踏みしめるように打ち抜く。ゆっくりとでいいよ。破邪の動きでもある。まだ体出来てないからね。これはきついから左右五本ずつでいいよ」
 私は言われた通りに五本ずつやった

十日後……ゲーム中……

「ああ!砕奈ずるい!」
……嵌めこみコンボも立派な技です
「八極拳士使い辛いです!」
……慣れて下さい
 私と砕奈さんは勇麻さんに勧められた格闘ゲームをやっている。砕奈さんは機械に直接入り込み敵側のコントロールをしてくれている。私の修練に付き合ってくれているのだ。勇麻さん曰く「見て覚えろ」だそうだ。
……はい。35分経過ですね。そろそろお勉強の方に移りましょう
「ちょちょ、もうちょっと!」
……ダメです。勉強も学生には必要ですから。勉強もする。休養も取る。きちんと時間管理出来ないと人生損しちゃいますよ!
「うは。大人だ」
……百年以上生きてますからね
「サバ読むなよ。砕奈」
勇麻さんが言った
「え?」
……以上だから読んでませんよ
「まあ、342年をそう言うなら何も言うまい」
勇麻さんはあきれ顔で言った
「すご!」
「はい勉強ね。その前に数独1問解いとこうかな。ほい。課題」
 勇麻さんが中空に数独を描く。見えない鉛筆と見えない消しゴムがある。ゲームと勉強の合間に数独を解かされるのが日課だ。んん-数独嫌い
「自分の速度で数的感覚を上げていけるいいゲームだ。2022年の下界で最高のIQの持ち主がやっていた娯楽でもある。いいとこは学ぼう」
「はーい」
 私はいやいや数独に取り掛かる。そしてそれを解き終わった後学校の勉強をする。毎日の日課のお陰か、はたまた勇麻さん達と会話しているおかげか、学校の勉強がだいぶ楽に進むようになってきた。勇麻さんは「修練のおかげだよ。僕らは効率のいいやり方を知ってるだけ」と言っていたけどどっちなんだろう
「両方だろうね。流石に日々の脳変化における微妙な差異を短期間で完全に見分けるのは難しいよ」
 さらっと脳変化言った。私の脳が見えてるのか。勇麻さんには私はどんな風に見えてるんだろう。私は疑問に思った
「色んな見方が出来るよ。神族は複数の感覚器官で色々見てるから」
 そうなんだ
「ま、嫌な話だけど元々「天才」なんだろうね。君は」
 「天才」って嫌なのか
「ん、親父もその類だったからね。随分と悩んでたって聞く」
 そうなんだ
「一週間で大分基礎の動き良くなったから、明日から三つ技の修練増やすか。震脚がだいぶ良くなってるし、まずは裡門頂肘と連環腿 。あと一つ何がいい?」
……お父様と同じ手順ですか?
「だな。似てるからこの方がいい」
「鉄山靠がいいです」
「うわ!豪快な技好きだな。いいけど。でもそれ難しいから別のからやろう」
いや、いいんじゃなかったの?
「いや、豪快な技好きなのはいいけどって意味」
「猛虎硬破山で、いややっぱりいいです。決めて下さい」
「寸勁だな」
え?中国武術とかの奥義?そっちの方が簡単なの?
「いや、ワンインチパンチとかと一緒だよ。訓練方法がある」
 ワンインチパンチって。あの~、凄いボクサーとかが使うヤツでは……。うは。私武術家になっちゃうのか
「違うなあ。強いて言えば陰陽師かな。現代版陰陽師」

第三話 了
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