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みんな今夜は、手に入れた本を布団の中で読むのだろうか。
図書館の「リサイクルフェア」をおとずれた。
夫に子どもたちを預けて、ひとり家を飛び出すと、みぞれのような重たい雪がほたほたと降り注いでいた。
車に駆け込み、エンジンをかけ、いつもなら聴けないFMラジオを流しながら、図書館へ向かう。
わたしの住む町で、一番大きな図書館。
そこで今日、古い本や数年前の雑誌類を無料で持ち帰ることのできる「リサイクルフェア」が催されるのである。
ちなみに、初めて参加する。
10分前に到着し、愕然とした。
駐車場はすでに満車。
少し離れた公共の駐車場から、歩かなければならないらしい。
歩道には、傘をさした人々が急足で会場へ向かっている。
しまったあ、舐めていた。
「リサイクルフェア」なんて、たいして人も来ないんだろうと思っていたが、どうやらこの町の人々は、わたしが思っているよりも「本を求めている」ようだ。
わたしは急いで離れた駐車場に車を停め、折りたたみ傘を片手に、雪の中を歩いた。
同じく歩く人たちのほとんどは高齢者だったが、子連れや同年代の人もチラホラ見かけて、(この人たちはみんな、本が好きなんだろうか)と想像した。
◇
館内はすでに、長蛇の列だった。
わたしは6列目に並ばされ、見知らぬおばあちゃんの隣に並んだ。
おばあちゃんは、お友達のおばあちゃんと来ていて、「こんなに並ぶんだったら、10時になる前に始めちゃえばいいのにね」と、文句を言い合っていた。
「10時の鐘とともにスタートいたします」
先頭のお姉さんが、声を張り上げる。
何人かのおじいちゃんが、「なんやって?」と聞き返していて、スタッフが耳打ちしていた。
あと5分。
列に、ソワソワとした空気が流れる。
待ち遠しい。
自分が欲しい本を勝ち取りたい。
早く始めてほしい。
そんな声が至る所から聞こえてくるような気がして、わたしは内心不安になった。
もし、10時になった途端、後ろのおじいちゃん、おばあちゃんが、「我先に!」と言わんばかりに列を抜かして、本棚に飛びかかっていったら、どうしよう。
わたしは、ぺしゃんこだ。
あるいは、潰れる前に、後ろから襲いかかってくる脅威に負けじと押し返すか?
一緒になって本棚に飛びかかるか?
__いやいや、そんなに必死にならんでも。
バーゲンやタイムセールなど、こういう「我先に!お得に!」という競争にめっぽう弱いわたしは、もし本当にそんなことが起きたら、この会場から一旦出ようと心に決めた。
カーン、カーン。
そんな妄想を繰り広げている間に、10時の鐘が鳴った。
誰もが一瞬、顔をあげる。
先頭のお姉さんが、「押さないよう、ゆっくりこちらへどうぞー」と穏やかな声を出し、列が動き出した。
意外とみんな冷静だ。
「我先に!」と飛びかかる不届きものは、この町にはいないようだ。
いい町。安心。
ゆったりと列は前へ進み、あっという間にわたしの並ぶあたりも動き始めた。
そんなに待つことなさそうね。
角を曲がると、奥には広いスペースが用意され、段ボールにきっちり並んだ本たちが、わたしたちを待ち構えていた。
「おひとり、5冊までですー」
案内がされる。
しかし、一旦5冊手にとって、カウンターに持っていけば、また列に並び直し、ふたたび会場へ戻ることができる。
つまり、「5冊ごと」というルールさえ守れば、ここでは無限に本を持ち帰ることができるのだ。
いやはや、すごいサービス。
宝の山じゃないか、と興奮する。
とはいえ、古い本ばかりだ。
わたしは、目ぼしい作家の単行本や、読んでみたかった作家の本を5冊選び、カウンターへ運んだ。
恩田陸さん、小川洋子さん、江國香織さん。
買うほどじゃないけど、読んでみたいという願いを叶えるのに、「リサイクルフェア」は最適だ。
絵本コーナーは人気のようで、わたしが近づく頃には、すでにほとんどなくなっていた。
古い『かがくのとも』がたくさん置いてあって、嬉々として選びまくる。
乗り物に関するものをすべて選び抜き、再びカウンターへ。
これで、合計10冊。
大きめのカバンを持ってきておいてよかった。
それから、雑誌コーナーへ移動する。
今回わたしは、「文芸誌」が欲しいとおもっていたので、それらを探す。
文芸誌を通して、読んだことのない作家さんの文章に触れてみたかったのだ。
文芸誌は、他の雑誌より人気がないようで、端っこにポツンと取り残されていた。
みんなが、「non-no」とか「オレンジページ」とか「キネマ旬報」とかに群がっている間に、わたしはひとりで「すばる」や「新潮」や「群像」を漁った。
古いし、どれが良いかわからない。
知っている作家さんの名前があるものを選ぶ。
『短歌』に穂村弘さんの名前を見つけて、それも抱えて、カウンターへ。
結局、4回ほどカウンターに赴き、合計20冊もの本や雑誌を手に入れることができた。
カバンは重く、パンパンに膨らんでいる。
しかし「ここに、わたしがこれから読む本が入っているんだ‥」と思うと、肩の重みも吹っ飛ぶくらい、気持ちがたかぶった。
こんなに?
こんなにたくさん、いいの?
という戸惑いで、キョロキョロしてしまう。
しかし、辺りを見回すと、来場していたほとんどの人はすでにいなくなっていた。
残っている人は「ここから無制限でどうぞ〜」と声をかけられ、のんびりと本を覗き込んでいる。
みんなさっさと、自分の欲しい宝を手にして、帰っていったようだ。
ものの15分くらいの出来事だった。
◇
帰ってから、夫に感謝を伝える。
「なんか良いもの見つかった〜?」と聞かれたので、フフフと笑いながら、カバンの中身を広げた。
おお、けっこうあるんだねえ。
夫も羨ましそうに頷く。
そう、絶対夫もこういうのが好きだ。
「今度は夫が行ってね」と言うと、「みんなで行こう〜」と笑ってくれた。
「人がかなり多くてね、この町にこんなに本が好きな人がいるなんて、思わなかったよ」
わたしがそう言うと、夫はまた笑った。
「いるよ、見えないだけで。
みんな、本読んでるんだよ」
そうか、見えないだけで。
この町には、あんなにたくさんの「本が好きな人」が暮らしているのか。
それって、なんかすごくない?
そりゃあ、今日来た全員が「本好き」だったかはどうかは、わからない。
「タダなんてラッキー!」くらいの人もいただろうし、「メルカリで売ろう」という人もいたのかも(それは一応、禁止だと明記してあった)。
でも、自分の住む町には、図書館で「リサイクルフェア」が開かれたら、雪の中でも出向いていこうと思うくらいの人たちが、あんなにいる。
この町には、「本好き」がいる。
そのことが、わたしは無性にうれしかった。
わたしの町には、大型書店がない。
図書館は分散していて、どれも小さい。
本を読んでいるママ友なんていないし、むしろ「自分の時間に本を読んでいる」と言うと、ちょっと浮いてしまうくらい。
でも、実はみんな、本を読んでいる。
なんだ、みんな、本好きなんじゃん。
そのことが分かっただけで、噛み締めたくなるような喜びだった。
「リサイクルフェア」に来ていた、おじいちゃん、おばあちゃん、子連れの家族や同年代の人たち。
彼らことを思い出して、勝手に「仲間」みたいに思った。
彼らは今日、カバンをパンパンにして帰っただろうか。
今夜、持ち帰った本を取り出して、布団の中で読むだろうか。
我が町の図書館、「リサイクルフェア」にて。
本が好きであろう「仲間」を見つけたわたしは今、とても、とてもうれしい気持ち。
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