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SFとの距離感。「ロボットの夢の都市」を終えて。
新宿で仕事があり、久しぶりの紀伊國屋に。相変わらず、変わらぬ「本の文化」が広がっていた。
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2階に続くエレベーターを上がり、まっすぐ進むのではなく、右へ回り込む。おすすめ本が並ぶ。優れた本屋は選書がいい。特集棚で思わぬ出会いがある。紀伊國屋のような大型書店だと、小さい本屋にはない一期一会がある。
「ベストSF2024海外編」という棚があった。
1位は『精霊を統べる者』
2位が本日ご紹介する『ロボットの夢の都市』
2冊ともジャケ買いである。とにかく表紙がかっこいいではないか。読書家の語彙力でいうところの「なんていうか、マジヤバいって感じ」。
荒廃した大地を古びたロボットが歩く。ジブリ映画の1ページのようだ。
太陽系を巻き込んだ大戦争から数百年。宇宙への脱出を夢見るジャンク掘りの少年、それ自体がひとつの街のような移動隊商宿で旅を続ける少年、そして砂漠の巨大都市の片隅で古びた見慣れぬロボットと出会った女性。彼らの運命がひとつにより合わさるとき、かつて一夜にしてひとつの都市を滅ぼしたことのある戦闘ロボットが、長い眠りから目覚めて……。世界幻想文学大賞作家が贈る、どこか懐かしい未来の、不思議なSF物語。
「どこか懐かしい未来。」というフレーズは言い得て妙だ。非常に古典的な、古き良き未来SFなのだ。
ネオムについて
『ネオム』──この名前を聞いたことがあるだろうか? 実は、フィクションではなく、現実に存在する未来都市なのだ。
ネオムは、サウジアラビア北西部のタブーク州に建設中の計画都市である。スマートシティの技術を導入し、観光地としての機能も持たせる計画である。また、この都市を建設・運営する企業の名称でもある。
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一言でいうと、金満国家サウジアラビアが作ろうとしている夢の街だ。
自然と調和した科学の街。
本作では、このネオムがすでに古びた未来の世界として描かれている。
王道の古き良きSF小説
王道のSF小説のようであり、どこか懐かしい肌触りのする小説だ。『スター・ウォーズ』のように大きな事件が起き、ストーリーは展開していく……んではあるが、どちらかというと、ロボットを含むごく個人の会話と心情にフォーカスしている。
できれば解説と用語から読もう
上記したように、全体の大きな物語よりも個人の心情にフォーカスしたような作りになっている。※ストーリーがないわけではないので念のため。
面白い小説であることは間違いないが、もともと短編を長編にしており、というより短編を折り重ねたというほうが正しいか。全体像をつかむのに苦労すると思う。SFを読み慣れていない人は特に。
物語を作るとき、読者との前提をどこに設定するかがカギとなってくる。読者が何を知っていて、何を知らないとするか。
読者が分からない言葉を羅列して化学ミステリーを書いてもチンプンカンプンだし、説明を増やしすぎても冗長になりすぎて鬱陶しく、読んでいられない。
『臨界点を超えて』
──硫酸の淡い白煙が、フラスコの縁を舐めるように漂っていた。
坂井は静かにピペットを握り、98%濃硫酸を慎重に滴下する。硝酸と混合すれば、発煙硝酸となるのは自明だった。問題は、その先だ。芳香族化合物のニトロ化はもはや高校化学の範疇に過ぎない。しかし、彼が狙うのは単なる求電子置換反応ではなかった。
「温度は?」
「83.5℃。まだ発火点には達していません。」
助手の田島が即座に答える。彼女の目はデジタル温度計の数値を正確に捉えていた。制御された環境下で、硝酸の酸化力とルイス酸触媒を駆使すれば、通常では進行しない五重ニトロ化が可能になるはずだ。
「もう少し加熱しよう。DMSOを添加する。」
彼はジメチルスルホキシドの瓶を手に取った。これがラジカル機構を誘導し、想定した転位反応を促す鍵となるはずだ。分子軌道計算上では、電子密度の再配分が起こり、通常では形成されない異常環が生成される。だが、それを実証するには──
突然、攪拌機のモーターがわずかに異音を発した。田島が眉をひそめる。
「圧力が上がっています。」
「……まさか。」
坂井の背筋を冷たい汗が伝った。フラスコの中で、ベンゼン環が理論上あり得ない異常縮環を始めていた。理論と現実の狭間で、反応系が予期せぬ臨界点へと突き進んでいく──。
ChatGPTにSF科学ミステリーを書かせた。「なるべく専門用語を多く使って、リテラシー高めの人向けに書いて」と。私文の私にはさっぱり分からない。
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理系の科学好きにはスラスラと読めるのかもしれない。
何が言いたいか、もう少し分かりやすく言うと、例えば東京を題材にした小説とアフリカのタンザニアを舞台にした小説では、日本の読者への説明量が違う。
「モロゴロでは……」とか言われても、モロゴロが地名なのか食べ物なのかも分からない。
SFとの距離感
SFは最も読書に慣れていて、頭のいい人が読むものだと思っていた。優れたSFは、現実の科学的知識をベースに未来や異世界を舞台にする。どうしても前提の知識が多くなる。
ベースがないと、そもそもチンプンカンプンになる可能性が高いのだ。もちろん、優れた小説はそれでも読めるんだけど。
科学の知識があったほうが科学小説は読みやすいし、タンザニアの知識があったほうがサバンナの小説は読みやすい。
『ロボットの夢の都市』は、本文に逐一解説が入るわけではない。なので、まず解説を読んでから本編に入ろう。すんなりと入ってくるはずだ。
SF小説は自分を試される。ページをめくる手は、いつも少しだけ緊張している。