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【生きづらさを感じる】13 「おかえり」と言える時まで

みなさま。明けましておめでとうございます。
さて…ここからが本編です。
ここ最近の記事は時系列がバラバラになっていましたが、ようやく元通りです。

学校のK頭とのやりとりや私の家出(1泊2日)といった内容モリモリで記してきていましたが、流れとしてはここからの続きになります。

・娘のいない日々

去年の6月の初め、上述の通り娘を児童相談所に預け、迎えに行く事をやめた後のことです。私が5月の末に骨折してしまったことも娘を家に迎え入れることができなくなった大きな要因です。自分の不注意さを改めて反省するのみです。

実際に娘を相談所に預けていた期間は大体10日ほどでした。
その間、彼女は色々なものを失いました。

まずは学校生活。それまでも不登校が続いていましたが、これまでとは違い、「帰りたくなったら家に連絡すれば大丈夫」と本人もたかを括っていたようです。しかし、今回は「家に帰りたい」とゴネて、職員さんに訴えても何も起きません。家に帰れません。最初は居心地が良かったようですが、徐々に不自由な生活が続き、夜中に施設からの脱走を試みたそうです(相談員の話)

数年前の発表会にて

そして、もう一つ失ったのが「ピアノの発表会」でした。3歳ごろから娘はピアノを習っていて、半年間もの期間をかけて準備をしてきましたが、成果を見せることなく発表会は「欠席」。職員さんに「何とか発表会に出られる方法はないでしょうか?」とは聞いてみたものの、「もし会場から脱走してしまったら、取り返しのつかないことになるの危険です。無理です」と至極真っ当な返答が。そりゃあそうですね。
しかも、その発表会では、同じ教室に通っていて、教室で仲良くなった友人との「連弾」も予定されていたのですが…これも叶いませんでした。つまり「信用」をも失ったことになります。ピアノ経験者の妻に聞くと「二度と口を聞いてもらえない程ありえない行動だ」と言っていました。ちなみに、ピアノ復帰後に娘が謝罪して仲直りはしています。

半年前から楽しみにしており、また練習を続けてきた「ピアノの発表会」をまさか投げ出すような形は、のちに娘に聞くと「全く想像していなかった」と答えています。私たち夫婦も「自業自得だ」と思う一方で、「何とかしてやりたい」という思いでいっぱいでした。

・再会の時に向けて


一方、娘がいない10日間。私達はというと、最初は娘が「どう過ごしているのかな…」と心配していました。しかし、相談所の職員さんが頻繁に連絡をくださったので、心身とも限界を迎えていた私達のところよりも、相談所の方が”安心”を担保してくれている、と考えるようになりました。私自身も逃げた娘を走って追いかけることができませんしね。

そこで考え直しました

なるようにしかならない。
帰ってきた時に「おかえり」と笑顔で迎え入れたい。

娘が家に戻り、学校に再び通える時に向けて動き始めることにしました。そのためには、「本人の意識」・「親の振る舞い」「学校側の協力」の全てが必要なのは明らかです。ただ、学校側の態度は以前に記した通りです。それでも学校側との話し合いはしなければいけません。

こうして、私達は「教育委員会」との接触を図りました。

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