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黒ヘル戦記 第四話 ボクサー(後編)

『情況』2021年冬号に掲載された反体制ハードボイルド小説

外堀大学学生運動の歴史は、白ヘルと黒ヘルの抗争の歴史と言っても過言ではない。
権力との戦いで倒れた者よりも、白と黒の抗争の中で倒れた者の方がはるかに多い。
寺岡修一


 5

 ヒュンと風が吹いたかと思ったら、パチーンという音がして、黒のサングラスの男が吹っ飛んだ。
 高野が引っ叩いたのだ。男は尻餅をついて、あわわと口を開けて狼狽えている。高野は男の襟首を掴んでこう言った。
「おい、おっさん、黒のアタマにそんな口の利き方していいと思ってるのか」
「悪かった、すまん、謝る、謝る」
 男は必死に謝る。高野の目つきにただならぬものを感じたのだろう。このところ、高野はいつもピリピリしている。
「申し訳ない、申し訳ない」
 男はひたすら頭を下げる。
「俺は堀大のOBなんだ。ほら、おまえらもマルゲリの松浦は知っているだろう。俺はあいつのダチなんだ。学生時代からのダチなんだよ」
 霧村がすっ飛んで来た。
「おまえ、松浦と会ったのか」
「会ったよ、松浦に聞いたんだよ。武川さんが黒のアタマだって。本当だよ」
「松浦はどこにいる」
「えっ」
「どこで会った」
「銀座のサ店だよ」
「松浦とはどうやって連絡をとったんだ」
「そ、それは」
「言え」
「いやだ」
 霧村は男を睨みつけながら、こう言った。
「武川、こいつ、痛めつけていいか?」
 俺は社長が言っていたことを思い出した。「殴るならヤクザを殴れ、ヤクザは警察にチクらない」。この男もヤクザだろう。どこから見てもヤクザだ。ならば問題ないか。
「お、おい、ちょっと待てよ。俺は青木の親分の使いで来たんだぞ。俺に手を出したら、青木の親分を敵に回すことになる。おまえら全員、殺されるぞ。わかっているのか」
 青木の親分って誰だ?
「青木の親分は新宿を仕切っている大親分だ。俺は親分の代理で来たんだ。ぞんざいな口を利いたのは悪かった。ちょっと先輩ヅラしただけだ。謝るよ。だから、俺の話を聞いてくれ。ここで俺が話をまとめなかったら、大変なことになるぞ。戦争になるぞ。おまえたちにその覚悟はあるのか?」
 マルゲリとの戦争で忙しいのに、ヤクザと戦争している余裕はない。また、この男は松浦のダチだという。ヤクザとマルゲリが組んだら、さらに面倒なことになる。
「わかった。話を聞こう」
「そうしてくれるか、さすが黒のアタマだ」
 男の話というのはこうだった。
 新宿の繁華街で青木組の若い衆三人と学生がケンカをした。そのケンカで若い衆が大怪我をした。
「バーンって投げ飛ばされて、尾てい骨が砕けたっていうんだ」
 誰かが警察に通報したようで、すぐにパトカーが来た。学生はそれを見ると、「俺は堀大の黒ヘルだ。文句があったら学館に来い」と言って、その場を去った。
「子分が大怪我したんだ。青木の親分も黙ってはいられない。しかし、黒ヘルだ、学館だと言っても、なんのことだかわからない。それで、堀大のOBの俺のところに話が来たんだよ。俺、こっちの世界では大学出のインテリヤクザとしてちょっとは名前が知れてんだ」
 それで、俺にどうしろと言うんだ?
「青木の親分が黒のアタマと会いたいっていうんだよ。親分が直々に会ってくれるんだぞ。ありがたいと思え。これも俺が間に入っているからだ。心配ない。悪いようにはしない。後輩のやったことだ、俺も一緒に謝る。だから一緒に来てくれ」
 会うのはかまわない。が、事実関係がよくわからない。こっちもいろいろ調べなければならない。ヤクザとケンカをした人間からも話を聞かなければならない。
「そりゃ、そうだ。よし、こうしよう。一週間後、また来る。それまでに調べておいてくれ」
 木下が帰ろうとすると、「ちょっと待て」と高野が呼び止めた。
「ヤクザと学生がケンカしたっていうのは、いつのことだ?」
「あー、悪い、悪い。言い忘れたよ。けっこう日が経っているんだけどな。七月三十一日、夜の十時、場所は歌舞伎町だ」
 高野が言った。
「それ、俺だ」

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