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黒ヘル戦記 第五話 秘密党員

『情況』2021年春号に掲載された反体制ハードボイルド小説

第五話 秘密党員
1988年3月、外堀大学の学生会館が何者かに襲撃された。外部犯行説、内部犯行説が入り乱れる中、ある人物のスパイ疑惑が浮上する。

どこかに「誰も信じてはいけない」という感覚があった。
リンジー・モラン(元CIA諜報員)


 一

 日曜日の朝、ジョーから電話があった。
「よ、武川、久しぶり」
「おお、ジョー、どうした?」
「うん、実はな…」
 訃報かな。俺はそう思った。というのは、前にジョーから電話があったときもそうだったし、前に俺がジョーに電話をかけたときもそうだったからだ。このところ、俺たちは訃報のやりとりしかしていない。
「実は、春彦さんのパートナーを名乗る人からメールが来て、昨日、会ったんだ」
 ジョーはそう言った。
「春彦さん?」
「ほら、カント研にいた赤城春彦さんだ。俺たちよりも二つか三つ年上で、T大の大学院に通っていた人だよ。覚えてないか?」
 覚えてない。記憶にない。が、T大の大学院生がカント研究会にいるという話は聞いたような気がする。同じ時期に同じ学館にいたのなら、どこかで会っているかもしれない。
「で、その、春彦さんがどうかしたのか?」
「春彦さん、亡くなったんだ」
 やはり訃報だった。俺たちはこれからも訃報のやりとりを続けるのだろう。
 昔はこうではなかった。ジョーからの電話といえば、「誰々が逮捕された」という連絡と決まっていた。が、四十代の半ばを過ぎたあたりから「誰々が死んだ」という訃報に変わった。歳をとると、監獄よりも墓場の方が近くなるのだ。
 春彦さんの死因はアルコール性肝硬変。一月十日に吐血して入院、そのまま快復することなく二十日に死亡したそうだ。
「春彦さんらしい死因だよ。あの人、あの頃からアル中だったから」
 それにしても、倒れてから十日で亡くなるとは、あっけないものだ。遺族にとっても、あっという間のことだっただろう。
「パートナーさん、もう少し時間がほしかった、もっといろいろ話をしてほしかったと言っていたよ」
 二人は四十代になってから出会ったそうだ。だから、パートナーさんは若い頃の春彦さんを知らない。写真を見たこともない。それで、若い頃の春彦さんの友人であるジョーに連絡した。写真は残ってないか、何か話を聞かせてくれないかと。ジョーの連絡先はSNSで見つけたらしい。
「春彦さんって、自分の過去を話さない人なんだよ。昔もそうだった。過去のわからない人だった。パートナーさんもそう言っていたよ。何をしていたのか全然知らないと。T大卒だってことも春彦さんの職場の上司に教えてもらったと言っていた。外堀大学の学館で活動していたことも死ぬ三日前にはじめて聞いたと言っていたよ。死ぬ間際になって、突然、俺たちのことを思い出したんだろう」
 俺たちが外堀大学の学館にいたのは三十年以上も前のことだ。春彦さんは死の三日前に、いったい何を思い出したのか。
「実はな、春彦さんは秘密を抱えていたんだ。俺が口止めしたんだ。誰にも言わないでくれと」
「秘密?」
「複雑な事情があるんだ。電話で話せるようなことではないんで、これから文章にまとめる。出来上がったら送るよ」
「その秘密って俺にも関係あることなのか?」
「あるよ。大いにある。これから俺が書くのは、堀大学生運動の最高機密、一九八八年の三月に起きた学館襲撃事件の真相だ」

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