【試訳】独島イン・ザ・ハーグ【18】
ドハとヒソクは、学生時代、恋人同士だった。ドハは政治外交学科で、ヒソクは国文学科だった。
図書館の前で気を失ったドハをヒソク が保健室へ連れて行ってから、徐々に頻繁に会うようになり、恋人となった。
ヒソクは寡黙で不愛想な、典型的な慶尚(キョンサン)道の男だった。 男友達とはいつも楽しそうに交わっていたが、女性と一緒にいるときは窮屈そうにしていた。
気が利くわけでも、愛嬌があるわけでもなかったが、ドハはヒソクが自分のことを深く愛していることを感じることができた。
彼は、ドハがよく座っている図書館の椅子が壊れると、そっと直しておいたり、約束の場所に先に到着しても、まだ着いていないからゆっくり来なよと電話してきたり、自身が孤児であるにもかかわらず、母のいないドハの方を気の毒がる、そんな人だった。
口数が少ない代わりに、ドハが話をすれば、一番面白い話を聞いているかのように、じっと見つめて集中して聞いていた。
一緒に受けていた講義が休講になったときに講義室に残って交わした話や、大学の池の黄色いベンチに座り、イヤホンを片方ずつ耳に挿しこんで聞いた 音楽、駅へと向かう村営バスの最後尾席で交わした話は、その内容は今となっては思い出せないものの、情景だけは欠片となってドハの思い出の中の一番大切な引き出しの中にしまってあった。
最後の日、夕食を一緒に食べ、ベンチに並んで座っていたとき、ドハが夜空を見上げて言った。
「今日は昼間に雨が降ったからかな、星がたくさん見えるわね。いつもこんなふうに星を見られればな。昼も見られると良いのに」
「一日中星を見たいなら、B-612へ行かないとな」
「B-612? 『星の王子さま』のふるさとの星のこと?」
「うん。椅子を動かすだけで、太陽が昇る姿も、沈む姿も、ずっと見ていられる場所だ」
「そんな場所が本当にあったら良いけどな。椅子を持っていってずっと星を見ながら、ヒソクの話をずっと聞けるし」
「あるよ、本当に」
「もう、ヒソクったら。私ってそんなに寂しそうに見えるの?」
「違うよ。俺もまさかとは思ったけど、B-612は火星と木星の間にあるたくさんの小惑星の中の一つらしいんだ。トルコの天文学者が発見して、国際天文学会で報告もしている。サンテグジュペリは飛行士だったから、おそらく天文学にも関心があったんだろ うな」
「本当?」
「本当だって。ここからでもよく見れば見られるさ。ほら、あそこを見てみなよ。見えるだろう?」
ヒソクは空をじっと見ると、ある場所を指さした。
「どこ? 見えないけれど」
「あそこにあるじゃないか。よく見なよ」
ドハも立ち上がって爪先立ちした。
「見えないわ。ヒソクは見えるの?」
「もう少し近くで見たいか?」
「うん」
ヒソクは夜空を指さしていた手をドハの手の上に載せた。
ドハの手の平には、驚くことにB-612が2つ載っていた。
小さな玉に石膏を塗り、でこぼこした小惑星の形を作り、その上に明るい青緑色の絵の具を塗ったあと、透明な油でコーティングをしたネックレスだった。
小惑星の胴体には「B-612」の文字が細かい金字で刻まれており、その先に細く黒いネックレスの紐がついていた。
自分で作ったんだと言い、ソジュンはそのネックレスの1つをドハの首にかけてやった。
それが、ヒソクを最後に見た時だった。
ヒソクはその後、音信不通になった。ヒソクが使っていた電話も繋がらなくなり、ヒソクが住んでいた下宿にも別の人が住むようになった。
その後、ヒソクの消息を知る人に会うことはなかった。
恋が終わって別れたのではなく、突然相手が消えてしまい、恋が終わってしまったのだ。
燃え尽きることのできなかったその恋は、突然の交通事故で死んでしまった人の魂のように、行く当ても分からないまま、元々いた場所を守りつつ、戸惑いながらさまようばかりだった。
【19】へつづく
【画像】Felix-Mittelmeierさま【Pixabay】