
西から吹く風
西から不吉な風が吹く
ヒューヒューと声もなく吹く
北から不吉な声を聴く
「逃げろ逃げろ。早く逃げろ」と
噂は噂を呼ぶが
人々は行動を全く改めなかった
数日後
当然ながら
厄災は山火事のように伝播する
県境は
もうすでに厳しく封鎖された
それでも人々は壁を越えることを
試み
治してくれ
癒してくれ
と口々に喚く
県境警備隊が
高見から一斉に銃を構え
ある一組の男女をほぼ同時に銃殺する
死体は壁の向こう側へ落ちた
男女はやっと
最後に
折り重なった
その街では
その日
死者の数が「plus(+)「2」」と
事後的に
銘記された
「あの街ではまた大勢死人がでたぞ」
「なんだ。迷惑な話だな」
「南無阿弥陀仏」と
行書体でプリントされた
段ボール数百箱分が
直ちに必要物資として用意され
街境の検問を
籤引きで負けた男が通過し
その街へと段ボールを届ける
大きさはいずれも等しくSSサイズ
死体は
工作機械によって
簡潔に
折り畳まれる
圧縮羽毛布団のように
ーウー。ゴトンー
ーウー。ゴトンー
ープシューーーー
次に別の機械により
規則正しく
リズミカルに運ばれ
最後に
浄土真宗、と記された
リーチの長いアームの機械により
同じ間隔(リズム)
同じ所作で
焼却炉へと
無造作に投げ込まれる
ほいの、ほいの、ほいっ!
イッツ、オートマティック
まだ十代の
ミス林檎娘は
家族にも会うことはなく
冷たい手のリレーによって
埋葬された
自動音からなる
木魚が
乾いた音を立てながら
一日中響いている
弔鐘だけはさすがに例外として
人の手により
日暮れ時に打ち鳴らされる
街の人達はいつしかその時刻
寺の方角へ
自然、手を合わせるようになった
県境警備隊の物見の傭兵は
その鐘の音で時刻を知る
「今日は人を撃たずに済んだ」
夕刻になり
代わりの当番の者にそう漏らして
ある日、男は家路に着いた
夜
墓場では
死者たちの肉体は消滅し
無念の声だけがその場に遺(のこ)る
夜の静寂(しじま)に
死者たちの呻き声が聴こえる
死者の声は私にこうも告げている
「明日、西から強い風が吹く
お前はまだそこに佇んでいるのか」