【詩】出立
ピッチを互いに等しく刻むふたり
時には仲睦まじい時も
あるのでは
とまわりに思わせる時もあった
給水場で彼女は譲った
次の給水場では
美里は2秒ペースをおとした
お互いが
いたわりあってきた長い旅路
しかしそのときは
いよいよ、終わろうとしている
ふとミレナは
美里の顔を眺め見た
その顔はサングラスで全く見えない
さてみなさま、
それではいよいよ運命のその時がやってまいります
アナウンサーがこう静かに実況した
運命のその時は突如起こった
38キロ
美里はサングラスを真一文字に投げた
この時
モレナは美里のこの挙動
彼女の漲るような
闘争心
とそう、誤認してしまった
偶然は偶然として奇妙に重なるものであり
美里のストライドは急に大きなものとなった
モレナはそれでも
負けを認めなかった
これまで通りピッチを正確に刻む
あくまでも正しいのは
わたしであり
彼女の「スパート」は誤っている
やがて「飛ばしすぎ」の彼女の
スパートは誤りであり
「誤っている」からには
彼女はまた帰ってくるはずだ
この時ミレナは
こういう思考をしていた
「ごめんなさい。負けました」
と彼女は息を苦しげに吐きながら
そう漏らすのにちがいない
天動説を今尚信じている
中世の人々のように頑固だった
両者にとり
苦しい時がその後しばらく続いた
もうこちらに戻らないのだろうか
ミレナは美里を見て思った
40キロ
美里は改めてスパートする
もう追いかける気持ちは
なかった
レース棄権
そう思った瞬間
若い女の姿は引き離され
ついには
視界からモレナの視界から突如消えた