映画『PERFECT DAYS』を観た
ネタバレあり
好きな音楽をカセットで聴いて、お昼の時に神社の木の木漏れ日をフィルムをセットする型のアナログなカメラで撮って、夜は寝る前に本を読みながら寝る、使う車の鍵は差し込み型だし携帯電話はガラケー、榎本さんが「今キテる」と言う様な古くてアナログな物に囲まれた役所広司演じる主人公は、きっと歳をとっていく過程で好きなものを身近に置いて残してきたのだと思った。
大きなイベントがあるようには見えないその生活を、それでも観てる側が羨ましく魅力的に感じるのは、現代を生きる自分にとって足りていない部分だからなのだと思う。
仕事終わりや週末の休みには自転車に乗っていつもの店に行くシーンについて、何かのついでに見つけたのかもしれないが、徒歩ではなく自転車を使って向かう距離にいつもの店がある事に、彼が自分の思っていたよりも広い行動範囲をしている事を表していて少しの驚きがあった。いつもの飲食店や銭湯にて、決して多く話すわけではないが顔見知りがいて、もしかしたら神社の木の下で疲れたようにサンドイッチを食べるOLの人もいつかはその様な顔見知りになるかもしれない。一人行動をしているようなのにどこか他の人と繋がっている感じが暖かく、羨ましく思えた。
役所広司が好きな物を身近に置いて生きているのだとすれば、榎本さんは人と繋がる事が好きな人でありそれを大切にして生きているように思えた。身勝手で無責任な部分がやはり見ていて分かりやすかったけれど、しかし幼なじみの子だったり好きな子へ真っ直ぐな感じは、こいつダメなやつだなと思う対比での良い部分として見えたし、なんだかんだ憎めない奴って感じがした。
榎本さんの想い人も、彼に対して雑な態度をとるし、そのくせなぜか主人公の前では泣くし、無断でカセットを盗むしで、悪い意味で今時な、感じの悪い子って思えた。それでも彼女はカセットを聞いてその曲が良いなと心から思っていて、その時の幸せそうな表情はとても魅力的で素敵だった。
主人公の姪っ子はお母さんの様子からしても主人公の送る生活とはかけ離れた生き方をしているだろうし、だからこそ主人公が魅力的に見える部分もあったのかなと思う。その一方で寝る前に自然と本を読んでいたり、スマホで木漏れ日の写真を撮ったり、貰ったアナログのカメラを大切に持っていたり、どこか主人公に通ずる部分があったなとも思えた。
主人公は彼女の母と自分は違う世界に住んでいるという話をしていたけれど、自分はそれでも二人の世界は重なっていると思うし、それによって互いに影響はあったと思う。それこそ最後に主人公が女将の元旦那に向けた言葉のように「(影が重なって)変わらない訳がない」という風に思う。
最後、「木漏れ日」の言葉の説明が入ったのが良かった。日本特有の言葉ということもあるけれど、意味の中に「影と光が重なる」「その一瞬一瞬のもの」という言葉で表現された事により、彼の人生、いや我々の人生も「重なる」ものであり「瞬間的」なものであると示された様に感じた。
自分が好きだと思える物を身近に残しながら歳を重ねていきたいと思える映画だった。とりあえず何か、身近な木漏れ日の写真でも撮ろうか。