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【映画評】ルネ・クレマン監督『狼は天使の匂い』(La course du lièvre à travers les champs, 1972)

 原題は “La course du lièvre à travers les champs” 即ち「ウサギは野を駆ける」(山田宏一訳)だ。無論、ウサギとは『不思議の国のアリス』の兎で、実際、本作は『鏡の国のアリス』からの引用文と鏡とチェシャ猫とを提示するところに始まる。
 ロマに追われ、ニューヨークから列車と車を乗り継いでモントリオールへとやってきた主人公トニー(ジャン=ルイ・トランティニャン)が駆け込んだ先はギャングの住処だった。老ボス、チャーリー(ロバート・ライアン)とその仲間に気に入られ、彼は誘拐稼業に手を染める。
 このクレマン映画でも、「乗り物」はやはり重要な位置を占める。誘拐対象(実は不在)は警察署ビルの18階にいるのだが、男たちは自家用車と消防車を操って見事に仕事をやり遂げる。何と、隣りのビルの18階から消防車のはしごを伸ばして警察署に侵入してしまうのだ。そして彼らは、子供時代の「遊び」を回想しながら乗り物による逃亡を続け、一人一人死んで行く。
 カメラマンだった主人公には、実は取材中に飛行機の操縦を誤りロマの子供達を殺した過去がある。操縦者たる資格をそこで失った男が以後、運転席に座らない事実を見落してはならない。しかしだからこそ、逃げ帰った隠れ家で老ボスと二人、子供ベッドを「操り」、最期の遊びに興ずる彼の姿が感動を呼ぶのだ。

私たちはみな年のいった子供たち
床につく時が近づくと むずかるのだ
ルイス・キャロル


〈引用文献〉山田宏一『恋の映画誌』、新書館、2002年;ルイス・キャロル『ルイス・キャロル詩集—不思議の国の言葉たち』高橋康也訳、筑摩書房、1977年。

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