物語 「ルディのダイヤモンド」《第4章》
《第4章》
それからルディは、仕事をはじめる前に石を両手に抱き、胸の中でそっと話しかけるようになりました。
「これからあなたを削ったり、磨いたりします。痛いときや、ぼくにしてほしいことがあれば、何でも言ってください」
最初のうちは、特に変わったことは起きませんでした。でもルディは焦りませんでした。声をかけているうちに、石たちが本当に命のある存在のように思えてきたからです。家族も友だちもいないルディにとって、それは本当に素敵な気分でした。自分でも気づかずにいた小さな孤独を、石たちが優しく満たしてくれたのです。
地下室での出来事から半年ほどたったころ、不意にルディの耳に誰かの話し声が聞こえてきました。
「なんとあざやかな赤! そなたはどこから来たのだ?」
「アフリカです。私の愛する赤い大地。サバンナに夕日が沈む時、世界のすべてが燃えるように真っ赤に染まる。私はアフリカの小さな国の王女として生まれ、死に、そしてルビーとして再び彼の地に生を受けたのです」
驚いたルディは、手元にある石を見つめました。それは今朝、親方から受けとったばかりのルビーとエメラルドの原石でした。ルディは、思わずはっとしました。
———もしかして、いま聞こえているのは、この石たちの声?
「さよう。そなたには、私たちの声が聴こえるようだ。石の心を読み解く幸運な若者よ。我が名はエメラルド」
どこかの国の偉大な王のように、威厳に満ちた朗々とした声でした。ルディは息が止まりそうになりました。
———ついに石たちの言葉が分かるようになったんだ!
ルディはゆっくりと息を吸い、そして吐きました。それからエメラルドの原石を手にとり、心の中で話しかけてみました。
「ぼくに声をかけてくれて心から感謝しています。あなたはどこの国からいらしたのですか?」
「私の故郷はエジプト。一年に一度、ナイルの女神が恵みの氾濫をもたらす奇跡の王国。ある日、乾ききった地面に一気に水がおし寄せ、辺りを豊潤に潤し、そしてまた引いていく。やがて芽吹きだした草木は、瞬く間に世界を変容させる。瑞々(みずみず)しい緑の大地へ、そう、エメラルドの王国へと」
古代の歌のように美しく響く石の言葉に、ルディはうっとりしました。
「あなた達の言葉を心に留めながら、ぼくは仕事をします。いつでも話しかけて下さい」
その日以来、ルディは石たちの声を聴きながら、それまで以上に心を込めて宝石をつくるようになりました。ルディの思いが伝わったのか、石たちはそれぞれの石にあった削り方や磨き方についても、細かく教えてくれるようになりました。石の声を聴いてつくりあげた宝石は、どれもかつてないほど素晴らしい仕上がりで、いったいどこでこんな神業を身につけたのかと、親方も職人たちも驚きの声をあげるばかりでした。
やがて、ルディの手がける宝石が次々と評判になり、店にはルディの宝石を求めて、はるか遠くの国からも貴族や商人たちが訪れるようになっていきました。
ルディが親方の店で働くようになってから、5年の月日が流れていました。ある日、いつものように仕事をしていると、とても綺麗な女の人が作業場に姿を現しました。
「お父さん。忘れものよ」
親方のお嬢さんのようです。長くやわらかな栗色の髪には、美しい宝石を散りばめた髪飾りが光っていました。とてもよく似合っていて、育ちの良さが見てとれます。
「ああ、エレナ。助かったよ。そいつを取りに家に戻ろうとしていたんだ」
年齢はルディと同じくらいでしょうか。にこやかな笑顔でみんなに気さくにあいさつをする彼女に、親方だけでなく職人たちの顔もほころんでいます。いつもは静かな作業場に、ぱっと光が射しこんだようでした。
興味深そうに辺りを見回していたエレナは、ふとルディの作業机に目を留めました。
「なんてきれいな石。これは何ていう石なの?」
机の上に無造作におかれたくすんだ白っぽい石を指さすと、エレナは真っすぐにルディを見ました。
「それはダイヤモンドの原石です」
女の人と話したことのないルディは、緊張のあまり声が上ずってしまいました。
「ダイヤモンド……。はじめて聞く名前だわ。でも氷砂糖みたいですごくきれい。この石を今から磨いていくの?」
「ダイヤモンドは、自由に削ることも磨くこともほとんどできないんです。石の中でも一番硬くて。ただ、特定の方向から切ったり、時には割れたりすることもあるので、ぼくたち職人はそのかけらや屑を使って、ほかの石を研磨する道具として使っています」
「そうなの……。とても神秘的で、磨いたらどんな宝石になるんだろうって、すごくわくわくしてしまって。でも道具としてしか使われていないのね」
エレナはとても残念そうでした。エレナをがっかりさせてしまったことが申しわけなくて、ルディは慌てて言いました。
「でも、ダイヤは古くからお守りや魔よけとしても使われてきたようです。それに古代の人々は、この石を星のかけらと呼んで大切にしていました」
地下室の本に書かれていたことを思い出しながら、ルディは必死に説明しました。ルディの話を聞いているうちに、エレナの表情が再び生き生きとしてきました。
「星のかけら……。それがお守りだなんて、昔の人たちはとても素敵なことを考えたのね」
エレナが帰った後も、ルディはその日のことを何度も思い出していました。
「ぼくの話をあんなに嬉しそうに聞いてくれた人は、今まで誰もいなかった。宝石や古代の人々の話に興味があるなんて、あの人はぼくと似ているところがあるのかな。もっといろんなことが話せたら、どんなに楽しいだろう」
ルディは、石たちの言葉やあの古い本に書かれていることを、自分がエレナに話している光景を思い浮かべてみました。それは本当に素晴らしい気もちで、ルディはその夜、なかなか眠ることができませんでした。
✧ ダイヤモンドの言葉 ✧
あなたを支えてくれる存在は、人間だけとは限らない。自分を取り巻く植物や動物、鉱物、そして自然に心を開いてみよう。彼らとの対話はあなたの意識を深め、拡大してくれる。その成長が、あなたの理想の隣人との出会いを引き寄せる。あなたは一人では成功することも幸せになることもできない。しかし、あなたが自分を磨き、夢に向かって歩き続けるとき、その夢に共鳴する素晴らしい仲間やソウルメイトが、必ず目の前に現れる。
※下記は、「ルディのダイヤモンド」のストーリーを紹介しながら、あなたの素晴らしい価値と可能性について気軽にお喋りしている、ポットキャスト「あなたとお喋り」です。お時間があれば楽しんでくれると嬉しいです。
第4章前半を紹介しながら
第4章後半を紹介しながら
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