善悪の哲学
突然ですが善悪とはなんでしょうか? はっきりと定義している人がどのくらいいるでしょうか?
あなたは問われたとき即答できますか??
そんな善悪を哲学したいと思います。
『義務と権利の哲学』でも軽く触れましたがもっと掘り下げていきましょう!
皆さんは何を見た時に善と感じ、また悪と感じるでしょう?
動物を虐待している人は善でしょうか? では遊びでフグをつつくイルカはどうでしょう?
人を虐める人は? 動物の世界にもイジメ、虐殺、虐待がありますがそれを人間がやった場合は? 動物の場合は?
動物を殺して食べるのは? 食べる為に動物を育てるのは? 犬を食べるのはダメで豚は良いのか?
動物を食べるのはダメで植物なら良いのか?
キリが無いのでこの辺で。
答えを言いますと『物理的な善悪は存在しない』んです。
虐めても良いし、虐殺しようが虐待しようが自由です。
そこに絶対的な善悪は存在しないのですから。
では『善悪』とはなんなのか? それは『自分の都合』です。
猫は可愛いから食べない。豚は醜いから食べる。動物を虐待すると人から嫌われるからしない。イジメを肯定すると自分がイジメられる可能性を肯定することになるからしない。
少し羅列してみましたがキリが無いのでこの辺で。
究極的には『自分にとって都合の良い物が善、都合が悪ければ悪』なんです。
こんなことを言うと「私は違う! かわいそうに思う慈愛の心がある!」とかいう意見がありそうですか、それもあなたの都合ですよね? ですんでしまいます。
更に言うなら赤ちゃんはなんでも口にします。
生きた虫もですよ? 食欲でも無く生きたまま食い殺します。
赤ちゃんは悪なのですか?
面白半分に虫を殺す子供は少なく無いですし、そうすると子供は悪??
違いますよね? 先程出てきた『慈愛』の心も何もかも後天的に教育された結果できた物で、『誰かに造られた思想』であり、当然人類共通では無く、とすればその思想を他人に強制することは間違いというこになります。
究極的にはそれは我儘ですからね!
ということは赤ちゃんも子供も悪では無く、それを咎めない人が悪なのであると言えまし、『すでに思想を持つ大人』相手に強制するのもまた悪であると言えます。
ここで言う『自分の都合』とは、物理的に自分の為になる事を指し、「勉強は都合が悪いから悪だ!」という短絡的な物ではありません。
将来的には自分の糧になりますからね!
しかしここに思想が絡みます。
例えば生まれ変わりを信じている人と現世が全てと信じる人は思考が異なります。
生まれ変わりを信じている人にとっては現実はいつでもリセットできるゲームみたいなもので、上手くいかなかったから死のう、邪魔だから殺そう、といった行動を平気でします。
ではどうするのが正解か?
分かり合えない善悪を持つ者達は別々に暮らすのが正解であり、その一つの境目が国境なのです。
国境でなくとも明らかに悪であると感じた行動を他人がした場合、言うことを聞かせるには相手を屈服させる力が必要になるのは物理的に明らかであり、それが無ければ無言が正解である事もまた明らかであると言えます。
移民を受け入れる際はこの事をよく考えて欲しいものです。