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『デミアン』を読んで

あけおめ

新年一発目は
へルマン・ヘッセの『デミアン』である



ヘッセは『車輪の下』『ガラス玉演戯』『シッダールタ』などで知られるノーベル文学賞作家である

『デミアン』のあらすじはこうだ

繊細な良家の少年、シンクレールがミステリアスな転校生デミアンと出逢い、破戒的だが耽美な道を教わり、善悪の彼岸でもがきながらやがて自身の魂の解放を得る物語

どうだ

なんのこっちゃ分かんないだろう


まあ面白い小説や映画ほど
あらすじを書きにくいよね

だってあらすじでザックリ一から十まで理解できる作品って、それはもう『面白くない単純なストーリー』って事やからね


僕がヘッセに出会ったのはやはり
『車輪の下』からだった

秀才ハンス・ギーベンラートの物語
エリートの少年が神学校を放逐される物語

ドロップアウトの物語である

それはほぼ作者であるヘッセ自身の体験談であるらしく、このいかにもアカデミックで真面目な顔をした王道のノーベル文学賞作家のようなおじいちゃんは、実は挫折とドロップアウトの悲しみや苦しみや美しさを誰よりも知っている人なのである

なんだろう
今風に分かりやすく言うと
『良家の跡継ぎに生まれた秀才少年がお受験を繰り返し、ついに最難関の東京大学にストレートで入るが、やがてドロップアウトし、大学も中退し、実家からも見放され、アパートで日雇いバイトをしながら食いつなぐ身分まで墜ち、けれどもそこではじめて汗を流して働く爽快さや筋肉痛や仕事の後の立ち飲み屋や発泡酒やコンビニで働くあの娘への恋心のある人生に開眼する』

といったところだろうか



『デミアン』もその系譜で
主人公のシンクレールは大人びた思想を持った少年、謎めいた少年、デミアンと出逢い

徐々に道を外してゆく

まあここで言う『道を外す』とは
犯罪とかじゃなくて

キリスト教に裏打ちされた善良な世界
絵空事の戒律的で模範的な生活から
おサラバするみたいな意味ですね

日本と西洋では文化の違いがあるので
やや咀嚼しづらい部分もあるが

おおむねのところでは普遍的で
『時空を超え得る小説』だと思う

悪友からの誘惑
退廃的な享楽への憧れ
絵画や音楽への傾倒

それらはきっとこの先、数百年後も
世界中のあらゆる所にあるものだろうから

てゆーか、ゆっちゃうと
デミアンとシンクレールの関係性ってBL的でもあり、そういう風に読んでも大いに楽しめると思う

ヘッセの文章は実に装飾的で
ややすれば冗長に感じる部分もある
情景描写がとても長かったりね

けれども思う
メディアが小説ぐらいしかなかった時代、人々が実際に目をつぶって映像を夢想し、噛み締めながら読む時代の、トップの作家がヘッセだったのだろう

実際、ヘッセは詩人としても一流なのである


私事だけれど
僕は高校の頃、オール4.5ぐらいの成績だった
そんで国立大学に進学する気満々だったが
紆余曲折があり、高2の半ばあたりで墜落し
結局は高卒フリーター生活に突入した

どっちかと言うと文系で
図書館に通いつめていたような自分が
セメント袋かついで働いてらぁって

19歳あたりの頃は自分で自分が笑えて
なんだか新鮮で
でも学友たちとはもう道が離れた事が
悲しくて絶望で

なんかそんな気分、そんな時代だった


だから俺の魂には、へルマン・ヘッセが沁みて沁みてしょうがないんやろなぁと切に思う

へルマン・ヘッセは
僕みたいな人にこそ読んでほしい作家である


最後に僕が胸を撃たれた小説中の文章たちを
いくらか引用して終わっておこう

結局のところ
僕のような三流がどんなに言葉を連ねても
的を得た解説にすらならないだろうし

実際の作品から沸き起こる何かを感じるには
作家本人の文章にあたるしかないだろうから




『われわれが一度きりの人間以上のものでないとしたら、われわれのだれもが一発の銃丸で実際に完全に葬り去られうるのだとしたら、物語を話すことなんか、なんの意味も持たないだろう。しかし、すべての人間は、彼自身であるばかりでなく、一度きりの、まったく特殊な、だれの場合にも世界のさまざまな現象が、ただ一度だけ二度とはないしかたで交錯するところの、重要な、顕著な点なのだ』


『一方、もう一つの世界は、すでに私たち自身の家のまん中で始まっていた。しかもまったく異なっており、異なったにおいがし、異なったことばを話し、異なったことを約束し、要求していた。この第二の世界には、女中や職人の弟子がいた。お化けの話や人聞きの悪いうわさがあった。そこには、並みはずれた、そそのかすような、恐ろしい、なぞめいたことが、色とりどりに無数にあった。屠殺場と監獄、酔っぱらいと口ぎたなくののしる女、お産する雌牛、倒れた馬などのようなもの、押込み強盗、殺人、自殺などの話があった。こうしたさまざまの、美しい、気味わるい、乱暴なむごいことは、そこらじゅうで、隣の路地や家でも行われていた。巡査や浮浪人が走りまわり、酔っぱらいが女房をぶち、若い娘たちのかたまりが夕方工場から流れ出て来た。老婆が人を魔法にかけ、病気にした。強盗が森の中に住んでいた。放火者がおまわりにつかまった。ーーいたるところでこの第二の激しい世界はわき立ち、におっていた。いたるところで』

『悪魔というものを思い浮かべるとき、変装をしているにせよ、正体を示しているにせよ、それは下の往来、あるいは年の市、あるいは料理店にいるものとこそ考えられたが、私たちのうちにいるものとはけっして考えられなかった』


『ねえ、おまえは、おれが自分で二マーク銀貨を作ることのできるにせ金つくりだとでも思ってるのかい?おれは貧乏人なんだ。おまえのように金持ちのおやじを持っちゃいないんだ。二マークもうけられるもんなら、もうけなくちゃならないんだ』

『金をやってわが身を救うほかはないと、私は感じ、絶望的にからだじゅうのポケットに手をつっこんだ。リンゴ一つ、ナイフ一つなかった。まったくなにもなかった。そのとき、時計が頭に浮かんだ。それは古い銀時計だった』

『おれが言わなくったってよく承知してるじゃないか。おれは二マークもうけることができるんだぜ。それを捨ててしまうほどおれは金持ちじゃないんだ。そりゃわかってるだろう。だが、おまえは金持ちで、時計まで持っている。二マークおれにくれさえすればいいんだ。それで万事かたづくんだ』

『私たちのラテン語学校に、少し前ひとりの新しい生徒がはいって来た。彼は、私たちの町にひっこして来た裕福な寡婦の息子で、そでに黒い薄ぎぬの喪章をつけていた』

『この一風かわった生徒は外見よりはずっと年長らしく、だれにも少年だという印象は与えなかった。私たち幼稚な少年のあいだを、おとなのように、否むしろ紳士のように、異様に、できあがった様子で立ちまわっていた』

『「ぼくたちはもうここまで来たんだから、ただ一つだけもう一度言っておきたいーーきみはあいつから離れなきゃいけない!ほかにしようがなかったら、あいつを打ち殺してしまえ!きみにそれがやれたら、ぼくは感服し愉快に思うね。ぼくはきみに助力してもいいよ」私はまた新たな不安を覚えた。カインの物語が突然また頭に浮かんだ』

『いずれにしても、私はその中で、生きた精神を味わい、革命を味わった。私はあの晩を極度にはっきりとおぼえている。どんより燃えているガス燈のそばを通って、冷たく湿っぽい夜おそく、ふたりが帰路についたとき、私ははじめて酔っぱらっていた。それは快くはなく、ひどく苦しかったが、それでもやはりなにか、ある魅力、ある甘さを持っており、反逆であり、騒宴であり、生命であり、精神であった。ベックは私を、よくよく新米だと、にがにがしくののしりながらも、かいがいしく介抱してくれた。そして、半分かかえながら私を家に連れて帰り、あいていた廊下の窓から、うまく私もろともこっそり家の中に忍びこんだ』

『その中にはなんといっても、感情があり、炎が燃え上がり、心臓が鼓動していた。私は思い乱れながら、みじめさのただ中で、解放と春のようなあるものを感じた』

『ふたたび私はすっかり暗い世界と悪魔の仲間になり、この世界ではすばらしいやつとして通った』

『それは悪夢のようだった。汚れと粘つくもの、こわれたビールのコップと毒舌にしゃべり明かされた夜々とを越えて、私は、魔法にかけられた夢想者なる自分が、醜い不潔な道をおちつきなく悩ましくはって行くのを見た。お姫さまのところへ行く途中で、泥水のたまりや悪臭と汚物に満ちた裏路地に立ち往生してしまう夢がある。私はそんなぐあいだった』

『私は絵を描き始めた。自分の持っているイギリスのベアトリーチェの肖像があの少女に十分似ていないということが、ことの始まりだった。私は彼女を自分のために描いてみようと思った』

『美しい紙や絵の具や絵筆をそろえ、絵の具板やコップや陶器のさらや鉛筆を準備した。買って来た小さいチューブ入りの美しいテンペラ絵の具が私をうっとりさせた。その中に燃えるようなクローム緑があった。それがはじめて小さい白いさらの中で輝いたさまが、いまなお目に見えるようだ』

『ついにある日ほとんど無意識に、これまでのより強く私に話しかける一つの顔を仕上げた。それはあの娘の顔ではなかった。とっくにそうでないことになっていた。ある別な、非現実的なものだったが、貴重なことには変わりなかった。少女の顔というよりは、少年の頭のように見えた。髪は私のきれいな娘のような淡い金髪ではなく、赤みがかった色あいのトビ色だった。あごは強くしっかりしていて、口は赤く花を開いたようだった。全体はいくらかかたく、仮面のようだったが、印象的で神秘的な生命に満ちていた。できあがった絵の前にすわると、不思議な印象を受けた。それは神々の像、あるいは神聖な面の一種のように思われた。なかば男性、なかば女性で、年というものがなく、夢想的であると同時に意志の強さを持ち、秘めた生気を持つと同時にこわばっていた。この顔はなにか私に言うことを持っていた。それは私のものに属し、私に要求を提出していた。だれかに似ていたが、それがだれであるかはわからなかった』

『その夜、私はデミアンと紋章の夢を見た。紋章は絶えず変わった。デミアンはそれを両手にとっていた。小さく灰色だったかと思うと、ひどく大きく多彩だったが、いつも同じものだと、彼は私に説明した。最後に彼は、その紋章を食えと、私に強要した。それを飲みこんでしまうと、飲みこまれた紋章の鳥は私のからだのなかで活動を始め、私のからだじゅうにひろがり、内から食いへらしだした。それを私は非常な驚きをもって感じた』

『私はそこで新しい紙に紋章の鳥を描き始めた。それが実際どんな格好をしているか、私はもうはっきりは知らなかった。それは古くてたびたび色を塗られたので、近くから見てもよく見分けられない所がいくらかあったことを私はおぼえていた。鳥はなにかの上に、おそらく花の上か、かごか、巣の上か、木のいただきに、立つかすわるかしていた。私はそんなことは意に介せず、はっきり頭に残っているものから描き始めた。ばくぜんとした欲求から私はすぐに強い色でかきだした。鳥の頭は私の紙の上では黄金色だった。気のむくままにかき続けて、数日で仕上げた。できあがったのは、するどい精悍なハイタカの頭をした猛鳥だった。それは半身を暗い地球の中に入れ、その中からさながら、大きな卵から出ようとするかのように苦心して脱け出ようとしていた。背景は青い空だった。その絵をながく見つめていればいるほど、それは夢の中に出てきた彩色の紋章であるように思われた』

『私は紙をもてあそびながらなんの気なしに開くと、中に少しばかり文句が書いてあった。私はそれにまなざしを投げると、一つのことばに吸いつけられ、驚いて読んだ。私の胸はひどい冷気をあびたように運命の前に縮みあがった。「鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサスという」この数行をいくども読んだのち、私は深い瞑想に沈んだ』

『そのときデミアンは、われわれはあがめる神を持ってはいるが、その神は、かってに引き離された世界の半分(すなわち公認の「明るい」世界)にすぎない、人は世界全体をあがめることができなければならない、すなわち、悪魔をも兼ねる神を持つか、神の礼拝と並んで悪魔の礼拝をもはじめるかしなければならない、と言った。ーーさてアプラクサスは、神でも悪魔でもある神であった』

『それは天使と悪魔、男と女とを一身に兼ね、人と獣であり、最高の善と極悪であった。これを生きることが自分の持ちまえであり、これを味わうことが自分の運命であるように思われた』

『町を歩いているとき、町はずれの小さな教会からオルガンの響いて来るのを二、三度聞いたことがあった。止まって聞きはしなかったが、そのつぎに通り過ぎると、また聞こえ、バッハがひかれているのがわかった。門まで行くと、しまっていた。その小路はほとんど人通りがなかったので、私は教会のそばの縁石にこしかけ、オーバーのえりを立てて耳をすました。大きくはないが、いいオルガンだった。意力と粘りのある独特な極度に個性的なーー祈りのように聞こえる表現を伴う、すばらしい演奏だった。その中でひいている人は、この音楽の中に一つの宝が秘められているのを知って、自分の生命を求めるようにこの宝を求め、そのためにオルガンをたたき努力しているのだ、というふうに、私には感じられた』

『いや、ぼくは音楽を聞くのが好きです。もっともあなたのひくようなぜんぜん制限されない音楽だけです。人間が天国と地獄をゆすぶっているのが感ぜられるような音楽です。音楽は、いたって道徳的でないから、ぼくにとって非常に好ましいのだと思うのです。ほかのものはすべて道徳的です。ぼくはそうでないものを求めているのです。ぼくは道徳的なもののためにいつも苦しむばかりでした。ぼくは自分の気持ちをよく言い表わすことができません。ーー神と悪魔とを兼ねるような神がなければならないことをご存じですか。そういう神があったということです。ぼくはそれについて聞いています』

『彼はマッチをすって、彼の寝ている前の暖炉で紙と割り木を燃やした。炎は高く燃え上がった。彼は火を非常な慎重さでかき起こし、割り木をそえた。私は彼のそばにぼろぼろなじゅうたんの上に横たわった。彼は火を見つめていた。私も火にひきつけられた。私たちは無言のまま一時間もゆらゆらと燃えるまきの火の前に腹ばいになって、炎が音を立てて燃え、やがて低く倒れ、ゆらゆらと消えていき、ぴくっとしたかと思うと、静かな赤い火となって底の方に沈んでしまうのを、ながめた』

『小さい細い炎がぱっと燃え上がった。私はその中に、黄色いハイタカの頭をした鳥を見た。消え行く暖炉の火の中で金色に燃える糸が網になり、文字や形が現われ、さまざまの顔や動物や植物や虫やヘビの記憶を呼びおこした』

『それですぐぼくだということがわかったのかい?』

『むろんさ。きみは変わったけれど、きみにはしるしがあるじゃないか』

『しるし?どんなしるしさ?』

『ぼくたちが昔カインのしるしと呼んだしるしだが、おぼえているかね。ぼくたちのしるしさ。きみにはいつもそれがあった。だからぼくはきみの友だちになったのだ。ところが、いまじゃ、それがいっそうはっきりしてきたよ』


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