カウンセリングにいってきた 見えないものと付き合う
(きれいなそらをレンズにおさめました)
あめ・くもり・くもり・あめ
最近の天気はこんなかんじで光合成が足りないわたし。
だれか、太陽光をください・・・!自家発電?できたらいいのにーと
嘆いています、たすけて(笑)
今日は1か月に1かいのカウンセリング・通院でした。
4月から始まる新生活への不安がどんどん膨らんできていて、押しつぶされそう、と相談してきました。
でも、そういう不安とか淋しさとかを感じている自分を受け入れたら
いいんだよ。考えすぎてわからないことは、手放したらいいんだよって
教えてくれました。
カウンセリングの先生は、本当にわたしのことを理解してくれる。
もうかれこれ1年くらいお世話になっているから、
私が陥りやすい思考の罠とかを把握してくれているかんじがして、
ほんと安心する、今度手土産でももっていこうかしら。
否定することはないし、アドバイスもくれて最高の聞き手なのだ。
これをわたしだけでなく、他の人にもしているんだから本当に尊敬する。
カウンセリングなんて、暗い話を聞いてその人をどうにか
明るい方へと導く仕事だと思っていて
それは難しいしごとだと思う。
なりたい、とか思ったときもあったけど、つらい人の気持ちが理解できる
だけでは務まらない仕事だよな~と即諦めた。
プロって職人とかものづくりとか 目に見える・形になるものに使うことが多い言葉だけど、話すこと・きくこと・人の気持ちを察すること など
不可視のものに対しても、もっと使っていいと思う。
むしろ、目に見えないけどそこにある ものを扱うプロの方が
わたしは個人的に尊敬ドが高いかもしれない。
言葉で説明できないこととか、概念とか・・・
関係性をデザインするとか、私はそういうものが気になる。
目に見えないものには 愛情・不思議・わくわく いろんなものが
詰まっているように思えるから。
そして、無限に広がる未知の世界が待っている気がするから。