🎬化け猫あんずちゃん　感想

※3,500字です。

化け猫のあんずちゃんと少女"かりん"とのひと夏の出来事を描く。


私が注目したのは、あえて描かれなかったラストシーンでした。

かりんは父の哲也と二人の"これから"を約束しながらも、お寺であんずちゃんと暮らすことを選択し駅から戻ってきます。
あんずちゃんを探すかりんの姿で映画は終わります。

私は一般的な見方とは少し違うのかもしれませんが、あの後かりんはあんずちゃんを見つけることはできなかった、あんずちゃんは静かに姿を消していたのではないか？と想像しました。

本当はあんずちゃんのモフモフに再びかりんが抱きついて終わるハッピーエンドを想像すべきなのかもしれませんが、ラストに至る一連の描写を見る限り、私にとってはそれがこの映画の終わり方としては最適解のように思え、その上で勝手に涙が出そうになりました。

なぜ、あんずちゃんは消えてしまうのか？
ここからは私の勝手な解釈と展開に基づく感想になります。

それはあんずちゃん自身もわかっていなかった"自分が化け猫になってまでしなくてはいけなかった使命"を終えた…と思えたからです。

実際は、地獄のシーンで本当の姿、普通の猫の姿になってしまうあんずちゃんはやはりもうすでに死んでいて、だから化け猫という"もののけ"として、しかも37才のおっさんとして存在しているのですが、それでも今もお寺にいる、それには何かしらの意味があるはずのように思えていました。

この映画全編としては、あくまでかりんのあんずちゃんと過ごしたひと夏の思い出とそれによるかりん自身の成長が中核になっています。
しかしその裏には、実はかりんが母を亡くして悲しみに打ちひしがれ少しすねた少女としてお寺にあずけられることをお寺の大仏様はずーっと前からわかっていて、お寺にやってきたかりんの心を癒しやさしく抱きしめてあげられる存在としてあんずちゃんを化け猫にまでしてお寺に残していたのではないか？と私は考えました。

あんずちゃん自身にも「なぜ自分は化け猫になって生き続けているのか？」が終始疑問だったのでは？と思えます。
かりんがあんずちゃんに思いっきり抱きつくシーンにはグッときました。
しかし、あのシーンこそあんずちゃんが自分が存在してきた意味をハッキリと理解し、その役目を終えたことを自覚する描写だったようにも思えました。

あんずちゃんが「自分は化け猫だから死なない、だからかりんを守る」と笑うセリフは逆にあんずちゃんのこの世での役目が終わって本来の死んでしまっている猫として消えていくことを暗示していたように思えました。

ラストでお寺の庭を掃除するあんずちゃんの表情からは、自分の役目を終えたこと、もう二度とかりんとは会えないこと、そしてついに「死」を受け入れなくてはいけないことへの寂しさに満ちているように私には見えましたし、大仏様の眼差しがそんなあんずちゃんにやさしく注がれているように思えました。

それにしても、あんずちゃんはどうしてそんな役目を担うことになったのでしょうか？
あんずちゃんの、さらに深い本当の使命とはなんだったのか？

私はあんずちゃんの使命とは、雨の中段ボール箱に捨てられた子猫のあんずちゃんを助けてくれた家族とその人たちの大切なものを守ることだったのではないか？と思いました。

捨てられずぶ濡れになった弱々しいあんずちゃんが、お寺の和尚さん、奥さん、そして哲也にも大切にかわいがられ愛情を注がれて生きてきたことは、あんずちゃんの生い立ちが語られる逸話でしっかりと描かれています。
あんずちゃんがかりんは元よりよっちゃん、小学生二人組、もののけ仲間に常にやさしい気持ちをいつも持っているのは、やはりお寺で愛された猫という生い立ちがあったからだと思います。

そしてこれは本当に個人的な考えなんですが、あんずちゃんの最大の使命とは、劇中では脇役でダメ人間の哲也が一番大切に思っている宝物のかりんを失望から助けることで哲也自身を助けることだったのではないか？そして哲也とかりんの親子としての関係を取り戻し哲也の人生を救うことだったように思いました。

哲也の登場シーンは少ないし、とにかくダメ人間として描かれていますが、あんずちゃんが普通の猫だった頃の哲也が田舎の普通の高校生だったことは少ない描写ながらうかがうことができます。
かりんが滞在しているお寺の部屋は間違いなく哲也のその当時の部屋で、哲也がロックに夢中になっていたことがほのめかされています。
いずれにしても、途中登場する小学生の二人組のような純朴だった少年の哲也は東京に出ていき、おそらく挫折し、食べていくことにも困る生活に陥ってしまっています。
さらに妻も亡くし、失意の中でかりんとの生活を模索しながらも破綻しつつあったのではないか？
登場早々和尚さんにお金を無心したり、かりんを置き去りにしたりととても好意的には見られない哲也ですが、そんな哲也の写鏡のような存在として貧乏神に取り憑かれたよっちゃんの存在があります。
世の中でどうしてもうまく立ち回れない、うまくいかない人としてよっちゃんは貧乏神との絡みもありおもしろく描かれていますが、貧乏神をよっちゃんから追い払うために一生懸命になるあんずちゃんの姿はあんずちゃんのやさしさを表現しつつ、それとともに同じような境遇の哲也への感情も間接的に表現しているように思えました。

化け猫のあんずちゃんが哲也と直接会うシーンはありません。
それゆえ観ている人たちはあんずちゃんの哲也への思いは想像するしかないのですが、描かれなかったからこそ、むしろ少年だった哲也と彼に愛されて生きた猫のあんずちゃんとの深い関係性を想像させる展開になっているように思えました。

出番の少ない哲也にあえて青木崇高さんを配したのは、単なる贅沢なだけの配役ではなく、実は哲也という人物が物語の中核にいて彼の人生を観客に想像させることがこの映画の鍵になっていることを匂わせています。


この映画には常に「死」が漂い続けます。
コミカルなアクション・シークエンスの地獄からの逃亡劇もカラスの大群など実は禍々しい描写が随所に配されています。
逆立ちをして明るく別れるかりんの母・柚季もあの後どのような残酷な運命が待っていたのか？
そして、ラストが、私の独自の想像で書いたあんずちゃんの本当の死が暗示されたものだったとしたら…。
この映画が、実は「死」による誰にもどうすることもできない別れの悲しさを描いているようにも思いました。
化け猫としてパチンコで負けたりパトカーに捕まったりして、それでも楽しく生きているあんずちゃんの姿は「死」という底知れぬ絶望の逆転した描写のように思えますし、最初に書いた個人的解釈によりますが、最後にあんずちゃんの死が訪れることにより避けることのできない死の悲しみの深さが描かれているようにも思えました。

ただ、かりんはどうなっていくのでしょうか？
つかの間会えた母、あんずちゃんから注がれた愛、もう疑わなくていい父、そんなかりんはこれからの理不尽な人生でどんなに抗うことのできない現実の中でも必死に生きていく選択をし続ける、そんな気がしました。

現実の社会で死を選択してしまう人の苦しみを想像すると「生」への賛歌だけで生きる喜びを実感することはむずかしいと思います。
しかし、常に「死」が漂う映画ゆえに、逆に生きていることがどれほどすばらしいか、そしてそれを実感できる可能性はすべての人に必ずある、という強いメッセージが登場人物たちから伝わってきているようにも思えました。


当初"おっさんの化け猫"というアンバランスなキャラクターゆえ、感情移入できるのか？と心配になったあんずちゃんを、ロトスコープという実写をトレースした映像による仕草と独特のセリフまわしにより愛にあふれた存在に仕上げた森山未來さんのキャラクター造形には大拍手。

個人の解釈はともかく、ラストシーンの寂しげに振り向くあんずちゃんの姿に劇中の段ボール箱から助けられたずぶ濡れの子猫のあんずちゃんの姿が重なり、言いようのない愛らしさには思わず涙でした。

いつまでもあんずちゃんという愛おしいキャラクターの世界にいたいと思わせる世界観と、観客それぞれに違った解釈を想像させる絶妙の余白を作り出した、観終わってみれば忘れられないほど秀作と思えるアニメ映画。
間違いなく愛すべき「猫映画」。
そして、猫や犬、生活のパートナーであるすべての生き物に愛情を注いでいる人の心に響く感動作。

必見です。


#映画感想文
#映画鑑賞記録
#ネタバレ
#映画好きと繋がりたい
#映画好きな人と繋がりたい
#化け猫あんずちゃん