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🎬土を喰らう十二ヵ月 感想

人里離れた信州の古民家で老犬のさんしょと暮らす作家のツトム。
畑や山でとれた野菜や山菜で精進料理を作り、それを味わいながら紡いでいく映像の歳時記。
立春から始まり二十四節気季節ごとの旬の素材を使った精進料理が目にも鮮やかでとにかく美味しそう。
子芋の網焼きと日本酒に始まり、炊き立てのみょうがご飯、わらびのおひたし、胡麻豆腐、ふろふき大根、若竹煮、味噌、たくわんなど、目に美しく、食欲をそそるメニューが次々に登場しそれぞれに関わる人のエピソードが繰り広げられる。
元々はツトムが小僧として寺に修行に出されたときに精進料理の手習をし、我流ながら料理をしては時折訪れる編集者の真知子に供したり自身が味わうという設定なのだが、肩に力の入っていない料理のはずなのに映像の美しさも相まって喉が鳴るほど食欲をそそられる。
家には13年前に亡くなった妻八重子の遺骨が埋葬できないまま置かれていて、人の死というこの映画のもう一つのテーマのピースが少しだけ匂わされている。
かつてお世話になった住職の娘が訪ねてくるエピソードでは何十年も前に漬けられた梅が登場し、人が亡くなっても食べ物が残っていて思い出とともに深い味わいを醸し出すことが語られる。
ツトムと仲のよかった妻の母が突然亡くなってお通夜をツトムの家ですることになり、弔問客に胡麻豆腐を慌てて供するあたりまでは少しコミカルに描かれる。
前半はツトムの一人語りの映像エッセイとしての色合いが強いのだが、後半は人の死生観への深い洞察が繰り返されていく。
若い頃は歳を取れば自然と死に対する恐怖などなくなるのではないかと想像していたが、歳を取ってもやはり死にたくなどない。死ぬのは怖い。
そんな心情とは逆に真知子を愛してしまうツトムの姿は死とは正反対に描かれていて、人の生きることへの強い執着を滲ませる。
飼っている老犬のことを気遣う思いが人間が死を準備することなどできない心情をわかりやすく描いているし、飼い主の帰りを待つ老犬のいくつかのカットがそれを象徴し美しいのだが残酷で心に響いて効果的。
今回の殊勲賞は間違いなくツトムを演じている沢田研二で、死に向かっていく老いと生への執着の間で悩む姿を決して力むことなく味わい深く演じている。
エンドロールに歌手沢田研二の主題歌も効果的に流れ、今の沢田研二の集大成と言っていい作品に仕上がっている。
人の死について深く考えさせられる作品ではあるが、全編をとおしてみれば土井善晴さんが監修したたくさんの料理の美味しさに満ちた映像の歳時記で、いつまでも観ていたくなる魅力にあふれた良作。
出てくる料理が本当に美しく美味しそうで「こんな生活もいいかな?」などと思ってしまったのだが、しばらくしてやっぱり肉や魚も食べたいよな、と煩悩だらけの欲深い自分を取り戻してしまった。

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