🎬PERFECT DAYS 感想

東京でトイレの清掃員をする一人の男性の日常を描く。

なんと濃密な2時間4分。

最初、毎日淡々とルーティンをこなしトイレ清掃に出かける主人公の平山の姿を延々と見せられ、いわゆる「退屈な映画か？」と懸念させますが、映画は完全にそんな予想を裏切ります。

まず前半は「平山」という人物像についてどういう人物なのかをとにかく想像させます。

トイレ清掃員という仕事をしながらも、かなりインテリであることが匂わされる平山。
トイレ清掃員の方を決して差別しているわけではないつもりなので、当然インテリの清掃員の人がいてもおかしくはないのですが、平山個人の行動を見ているとどうしてトイレ清掃員をしているような人物には見えず、どうして今この仕事をしているのかという平山という人物に対する疑問とそれについての想像力を働かせるため、一つひとつの映像のヒントを追いかけてしまいます。
社会と人生に抗って生きた『すばらしき世界』の三上とは真逆で、この映画で役所広司が演じる平山は抗うことをすでに放棄しているように見えます。
小さな木漏れ日や木々のざわめきに心を動かし安らかに暮らしている平山に、自分の生活や世の中への不満などいっさい感じません。

朝の缶コーヒーから始まり(自動販売機の缶コーヒーは高いのでは？と野暮なことを考えましたが、あれが平山にとっての唯一の贅沢なルーティンなら納得できます)、その日の気分で流すカセットテープの出勤のルーティン、淡々とした清掃、神社の杜での木々との対話、銭湯、安い飲み屋での焼酎の一杯、帰宅後の読書。
平山の日常は判で押したようように繰り返されます。

平山のライフスタイルはとにかくアナログで、カセットテープはもとよりフィルムカメラ、紙ベースの古本、行きつけの安い酒屋、おそらく月1回程度いく小料理のあるスナック風の店などにはこだわりが感じられます。
自分もスマホにほぼ頼った生活をしつつデジタルに馴染めていない平山に近い年代を生きてきた人間としては、そんなアナログな生活には懐かしさやそんな生活を続けている平山がうらやましくさえ思えてきます。

しかし、映画の後半になり平山という人物がどんな人生を歩んできたのかがなんとなくわかってくると、映画のテーマはそんな「アナログ礼賛の懐古主義」的な映画などという薄っぺらなものではないことがわかってきました。

私は平山は、年代的にですが、こんな人物ではないかと想像しました。
元々はお金持ちの家に生まれ将来跡取りとして期待されていたのに、学生運動の波の中で過激な活動に身を投じ結果社会のレールから脱落し、かつ親とは絶縁状態になった人物。
私が想像した平山の背景はこんな人物でした。
これは観る人によっていろいろな解釈をしていい部分だと思います。

それを前提での感想になりますが、最初に平山は「抗うことをやめた人物」と書きましたが、それは違うのではないか？と思えてきました。

若い日に体制に対して抗ったがために親や妹と絶縁している孤独さ、そこには自分の行動に対する肯定感とともに激しい後悔もあると思いました。
アナログ生活を続けていることに現代の社会のあり方に対する抵抗と見る人もいるかもしれませんが、平山はその象徴と言えそうな東京スカイツリーを決して否定的に眺めてはいない描写が現代の社会のあり方に対して反骨心がある人物とは思えません。

平山が抗おうとしているのは、「老い」や「病気」という年齢とともに否応なく訪れる人生の終末とそこでどう死に向き合うかという現実だと思いました。
全編ほとんどセリフのない映画なのに、突然セリフが支配するシークエンスとなる三浦友和との二人シーンの問答には少なからず心を揺さぶられました。
平山が常に見かけているホームレスの老人は間違いなく平山の将来であり、平山という人間の終末の姿を彼に想像させるものです。
また観客の同じ世代にも、ホームレスであることは極端かもしれませんが、抗うことのできない「老い」と終末を意識させるものとなっていると思います。
三浦友和との会話の「影が濃くなること」への平山のこだわりは、結局何もわからないまま終わっていくことをなんとなくわかってしまった人間が、必死に生きたという事実を認めようとする、人との心の通った関わりというそれだけはお金では買えないものに対価を見出そうとする、儚いとしか思えない人生のあり方にそれでも抗おうとした行為のように思えました。
また、人との関わりとして国際都市である東京での平山と外国の人々とのささやかな関わりも匂わされているところには、ヴィム・ヴェンダース監督のちょっとした日本人への気持ちが表されているようでほのぼのとしました。

ラストの平山の表情の長回し、あの役所広司の表情ですが、自分もどこかであんな表情をしたことがあるような気持ちになりました。
どこか年齢的に心当たりのあるあの表情…。
特に若い鑑賞者の方にとっては当然頭で理解なり想像するしかない表情なのですが、そんな年齢になったとき、どんな人生を歩んできても、どんな高い地位の人やお金持ちになっていても必ず一度はあの表情になる日が訪れるような気がしています。

役所広司のカンヌ映画祭受賞ですが、ラストの長回し部分ゆえかもしれませんが、「抗っていない」ように見えながら実は何歳になっても生きていきたいと老いや死に対して抗い続けているすべての人間の、生きることと自分の人生の意味への執着を象徴しているように思え納得のいくものでした。

『すばらしき世界』の演技といい本作の演技といい、役所広司の大御所俳優とは思えないどん欲とも思える演技と作品に対する情熱と理解には、役所さんが本当に一介の「役所の公務員」で終わってくれなくてよかったと天の采配に感謝したくなりました。

現代の東京に不思議なほどマッチしたオールディーズのBGMが、驚くほど映画のクオリティをスマートにしている印象を受けました。

「淡々とした」と言われてしまう描写の積み重ねに、人間の一生とその意味を実は厚く深く盛り込んだ充実の2時間4分。
必見です。


#映画感想文
#映画鑑賞記録
#ネタバレ
#映画好きと繋がりたい
#映画好きな人と繋がりたい
#PERFECTDAYS
#パーフェクトデイズ