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🎬コンクリート・ユートピア 感想

※2,000字になりました。

世界的な地盤隆起による災害の後、ソウル市内で唯一崩壊を免れたマンションでの住民たちのサバイバル。

この映画がデザスター映画であり、それに続くサバイバルを描きながら、実は「独裁国家」の成立と全体主義が支配していく過程を克明に描いていることは観ている人にはすぐにわかります。

特にイ・ビョンホンという俳優の持つカリスマ的な個性は、当初朴訥とした存在なのにどんどんカリスマ性を帯びた支配者になっていく、しかも内面に暴力的凶暴性を持つ"ヨンタク"の姿に説得力を持たせています。

かつて軍事独裁政権で"カリスマ的指導者"が国民を支配した歴史のある韓国ならではの視点は間違いなくあると思いましたが、『関心領域』を観たすぐ後ということもあり、むしろナチス・ドイツの成立を連想してしまいました。

この映画の巨大災害を、ドイツにおける第一次世界大戦後の政治的迷走やハイパーインフレによる経済困窮に置き換えることは簡単でした。

ヨンタクは当然「ヒトラー」の現代における写し鏡のような存在です。
災害に動揺しマンションとしてどうしていいかわからない迷走状態の中、ヨンタクは突然現れ、その見た目や言動の魅力で人々の心をつかみ住民たちの人間としての善悪の価値観すら曖昧にしていきます。
これは間違いなくドイツでヒトラーが政治家として魅力的に映った状況と酷似しています。

途中、他者から奪い取った食糧でマンションの住民たちが宴会をするシーンがありましたが、暗闇の中で炎の灯がゆらめく景色は、間違いなく過去に見たナチス党党大会の風景にそっくりでした。
また、ここでヨンタクがカラオケを歌うシーンがありましたが、住民たちがそんなヨンタクに指導者としての尊敬だけでなく親近感も感じる場面もヒトラーを彷彿とさせます。
ヒトラーは今では悪のアイコンですが、当時のドイツ国民、とりわけ女性からは「チャーミング」と言われて人気があったことも思い出しました。

やさしい看護師のミョンファの夫・平凡な人物だったミンソンがどんどんヨンタクの唱える非人間的な方針を「仕方がない」という言葉で納得し、むしろその方向に傾倒していく姿はナチス・ドイツだけでなくあらゆる全体主義国家がたどってきた(いる?)歴史を象徴的に描いています。

また、外の人たちをかくまった住民を家宅捜索するシーンは、ナチスのゲシュタポなどがユダヤ人をかくまった人々の家を捜索していた事実を否応なく思い出させます。
「アンネの日記」も連想しました。
匿った住民に自己批判をさせるシーンからは「文化大革命」も連想させ、単に物語をナチスだけの出来事として矮小化させない想像力を働かせる工夫がされているように思いました。

ラストのマンションに人々が押し寄せ破壊されてしまうシーンは、やはりベルリン陥落を意識させる作りになっているように思います。

ヨンタクも実は真面目に働いてきたのに詐欺にだまされ家族が離散、その上家族は災害で亡くなっていたという悲しい人物であることもわかるのですが、やはりやっていることは人間として認めることはできませんでした。
今さらヒトラーにも「人間としてこんな一面があった」と言われても彼のことを許せる人間はどこにもいないように思います。

ラスト、ミョンファが外の人たちの「あのマンションの人たちは人を食べていたのか?」という問いに「いいえ、普通の人たちでした」と答えるシーンはとても重要に思えました。
まさに『関心領域』と同じことが描かれています。
人がどんな国や場所でも、国家の方針や災害などの状況下では簡単に生きるために「仕方ない」という理由で独裁者を選びその体制の中の大多数に属そうとする習性のようなものがしっかりと描かれていたと思います。
『関心領域』の感想でも書いたことですが、敵と国民に威圧感を与える目的でデザインされたためマンガチックともいえるナチスの軍服ゆえにヒトラーとナチスだけを「悪のアイコン」として特別視する風潮がありますが、そのことへの危険性がこの映画では別の視点からしっかり描かれていると思いました。

数か月前ですが、あるワイドショーでコメンテーターをしている炎上の多い方が現代日本の政治不信について「こういうときこそカリスマ性のある指導者に出てきてほしいですね」とコメントしていて開いた口がふさがりませんでした。
映画雑誌にも連載している方なのでそれなりの見識のある人だと思っていたのですが、正直「この人は映画で何を見てきたのだろうか?」という落胆さえ覚えてしまいました。
ただ、そのことは現代の日本でもそんな方向性を意図せず望む傾向は皆無ではないことを意味しているように思えてゾッとしました。

『関心領域』に、ナチスが「普通の人たちだった」という意図を見出した方は、この映画はその補完として意味のある映画だと思います。

余談の域ですが、イ・ビョンホンが韓国で長年にわたり軍事独裁政権により国民を支配したカリスマ的指導者の暗殺を描いた『KCIA 南山の部長たち』にも主演し、"血のりに滑る"など迫真の演技をしていることも思い出しました。

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