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メンタルの救世主、現れる。

自分に向き合う時間は、昔から大事にしているつもりだった。
デジタル技術が発展し、SNSが主流になった今、
日記をつける、アナログチックなことをしばらくの間、やめていた。
文字を書く、というのが面倒になっていた。
最近、手帳タイムというハッシュタグを目にし、手帳の書き方にも
いろいろあるのだと知った。
文字も文体を工夫すれば、その時の感情も変えることができるのでは
ないか、丸文字で書いたり、斜体にしてみたり。色を2重にしてみたり。
シールやスタンプを使って、縁取りしてアレンジするものも見た。
今ならわかる、文房具オタクになってしまう気持ちが。
ペンだけでも書き心地も多種多様。万年筆やガラスペン、ボールペン、シャーペン…まして色やスタンプ、シール、画材、
となれば、何万とあるのだろう。
「手帳に書ける時間ほど無駄なものはない」と公言していた、つぶやきも目にしたが、ストレス負荷がかかる、現代社会では、自分の世界に浸って、
正解のないものを作るという時間は、デトックス効果も見込まれるのではないか?そう、疑問に感じ、日記に含まれるメリットを探してみた。

  • 悲観的出来事と折り合いをつけることができる

  • クリエイティブティを発揮できる

  • ネタの引き出しになる(思考整理)

実体験を語ると、学生時代うまくいかなかったことを
思いのまま、書き連ねていた。もちろん、反省するべきこともたくさんあったしどうしたらうまくいくかの解決策を考えて記述しておくこともあった。
愚痴や不満にかかれば、罵詈暴言がノートにぎっしり埋まっていたこともあったが、翌日には以前よりはすっきりした気持ちになっていたような気もした。

実際に科学的にも、15分から20分の執筆を3から5回繰り返すだけで、トラウマやストレスなどの感情的な事象に折り合いをつけることができたという結果も出ているらしい。

学術誌『Advances in Psychiatric Treatment』

最も効果的なのは、感情だけを記すのではなく、そのときの考えと気持ちに
寄り添って書くことがよいとされているようだ。医学的な治療としても実証されるくらいなのだから、やはりメンタル回復にも良いのだろう。

記録と記憶


過去の日記などを見返してみるとだいぶ酷い文章だが、当時の赤裸々な悩みがつらつらと書かれていたり、落書きがあちこちに散らばっているのを見つけると、あの頃の自分はこういう心情だったのか、絵の描き方もだいぶ違うな…と昔をなぞることができる。きっとそれも、自分であり、今、生きている自分は過去のカケラが集まってできた結晶なのだと愛おしく思えた。
昔を振り返って、もちろんあの時ああしておけばよかったと思うことなんて山ほどあるが、後悔が膨れて悩みに悩まないのは
好きなものを好き、と貫いてきた今があり、過去があるからかもしれない。
これらを残すのも、手記であり
手記は今日も生きた、という証となり、
その証が、足跡となり未来につながるのかもしれない。

追記
冬の寒さが混じった空気に秋めいた紅葉を見ながら。
昨日聴いた、ブラームス:3つの間奏曲第1番 変ホ長調OP117-1.
耳に残る、繊細なピアノの旋律が秋月の夜を撫でた。
11.15(Fri)





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