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あのときわたしはそう生きるしかなかった

あのとき、もし違う選択をしていたら…?

そんなことを考えても仕方ないけど、いまだに思い返しては私の心を締め付けるような苦しい過去がたくさんある。

タイムスリップして当時に戻れたら別の行動を取れるかもしれない。
でも、本当はどうだろう…?

「真面目だね」と言われるのが大嫌いだった

小学生のころ「〇〇は真面目だね」と言われることが多かった。
たしかに真面目だったとは思う。テストはほぼ毎回100点で、宿題はきちんとやってくいくし、ふざけることもなかったから。

クラスの友達からは一目置かれていた。というのは良いように言っただけであって「とっつきにくい女の子」だったことに間違いない。

わたしはそんな自分が大嫌いだった。

勉強ができたのは友達がいなくて家に帰ったら宿題しかやることがなかったから。ふざけられないのは、一度被ってしまった「真面目」という仮面の外し方が分からなかったから。

周りの子が「もう、バカじゃん〜」って言い合ってるのがすごくうらやましかった。わたしの中で「バカ」という言葉は、頭の中の辞書にはあっても、私なんかが口から発して良い言葉だと思えなかったから。

本を読んでいるフリでしか自分を守れなかった

休憩になると教室から人が消えた。
「長縄しよー」と声をかけあって外に駆け出す女子たち。もちろんその輪の中にわたしはいなかった。

時々声はかけてもらえたけど、毎回ではない。不安定だった。
その不安定さがわたしをさらに不安にさせた。いつも誘ってもらえないのはなぜだろう…昨日何か気に触ることをしたのかな…そんなことばかり悩む毎日だった。

いつからか、休憩時間は一人ぼっちであることを隠すかのように、自分の席で本を読んでいるフリをするようになった。あたかも「わたしは本が読みたくて読んでます」という雰囲気を作り出して。

それから「遊ぼう」と誘ってもらえなくなった。自ら自分を守るためにした行動だったけど、そうすることでわたしの存在は教室から消えた。
本当はいるけど、誰の目にも映っていなかった。

自分から「遊ぼう」と言えたら、楽だったとは思う。でも「嫌だ」と言われるのが怖かった。
誘われないのは自分自身に何か原因があるとずっと思っていた。この恐怖は、私の行動に制限をかけていくようになった。

「真面目だね」

そう言われたとき、なんて返すのが正解だったんだろう。
なんて返せば、みんなの輪の中に入れてもらえたんだろう。

読んだフリをした本の文字がにじむ日もあった。
どうせ泣いたって誰も気づいてやくれないと分かっていても…
ここにいてもいいって、誰かにそう言ってもらいたかった。

何が正解だったかなんて分からない

今振り返ったって何が正解か分からない。
あのとき「ねー!遊ぼうよー!」とおちゃらけて声をかけたら良かった。
ちょっと勇気を出したら、解決できたのかもしれない。

そりゃ今のわたしにはできるよ。

だけど、当時のわたしにはできなかった。
今は簡単なことでも、ものすごく大きなことだったから。

狭い狭い教室が、わたしの生きる世界そのものだった。
その小さな世界で自分の身を守り、生きていくことに必死だった。

もしタイムスリップできたら…
「自分から声かけなよ!」なんて言わない。

「今のままで大丈夫だよ」

そう言って、ここにいて大丈夫だよってそっと抱きしめてあげたい。
小さな小さな世界でいっぱい悩んで、涙を流しながらも頑張って毎日生きてくれてありがとうって。

過去の自分を否定しない

過去の自分を否定すると、自分が一番しんどくなる。
反省はするけど、否定したりはしない。

あのときのわたしはその行動が精一杯で、それ以外できなかった。小さな世界の中で、小さな自分の人生を生きるにはそうすることしかできなかったんだろうと思う。

だからもう、過去の自分を責めないことにする。ありがとうってちゃんと伝えようと決めた。


















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じょんじょん(ナガセマナミ)
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