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誰もが楽しめるナチュラルワイン - VINO NATURALE PER TUTTI -
ミラノに降り立って、イタリアのEATALYで初めて手に取ったのがこの本。イタリア語が読めないながらTipografia Alimentareという店を知り、それから少しずつナチュラルワインについての実地経験を積みました。
当時はこの本を買うことはなく、イタリア語にこなれてきた2年越しに改めて手に取り、Google翻訳片手に読んでみると今まで知りたかったことが沢山書かれており腑に落ちるのなんの。試しにググってみるとこの本に言及している記事があまりない。僕自身はとても素敵な本だと思うので、本の概要と感想をまとめてみようと思い筆を取りました。
*参考までに僕の略歴
資格:AIS Sommelier del Vino, AIS Sommelier dell'Olio, ONAF Assaggiatore
カンティーナ訪問:L'Arco(Veneto), Il Buonvicino(Piemonte), Franco Rocca(Piemonte), Piero Busso(Piemonte), Ornellaia(Toscana), Braccia Rese(Piemonte), Cascina Delle Rose(Piemonte), Cascina San Michele(Piemonte), Sette(Piemonte), La Biancara(Veneto), Gravner(Friuli Venezia Giulia), Bressan(Friuli Venezia Giulia), La Castellada(Friuli Venezia Giulia), Villa Job(Friuli Venezia Giulia), etc…
ナチュラルワインイベント:Bibo Potabile(Milano), La Terra Trema(Milano), Vino Indipendente(Brescia), Slow Wine Fear(Bologna), Augusta(Torino), Triple A(Milano), VinNatur Tasting(Vicenza), Border Wine(Udine)
本の概要
Prima Parte: Che Cos'è 「第1章:それは何か」
Seconda Parte: Come apprezzarlo「第2章:どう評価するか」
Terza Parte: Dove trovarlo「第3章:どこで見つけられるか」
Quarta Parte: I Produttori「第4章:生産者たち」
第1章ではワインの作り方から始まり、法律上ワインに加えられる添加物のこと、ワインの種類、ナチュラルワインの興りについて触れられている。かの有名なルドルフ・シュタイナーは20世紀の人物であり、いわゆる”ナチュラルワイン”の歴史は意外と浅いことがわかる。
第2章では「よくある質問」を用いたQ&A形式でナチュラルワインについて紐解いていき、ソムリエ的な視覚・嗅覚・味覚を用いた味わい方、ワインの欠陥、著者流の味わい方を紹介している(この部分が一番面白かった。後で解説する)。
第3章ではナチュラルワインを扱っているアメリカ・イタリアのインポータを紹介し(フランスはナチュラルワインの発祥地なのでおそらく紹介されていない。「ナチュラルワインの発祥地」と書いたが、いわゆる”ナチュラルワイン”の発祥地であって、ナチュラルワイン的な作り方は世界中どこにでも存在していたはずだ)、フランス・イタリア・オーストリア・チェコ・ジョージアの各地方を大雑把に紹介している。
第4章では世界各地の伝説級の生産者(イタリアではEmidio Pepe, Trinchero)を10個を紹介、それに準ずる(ちょっと失礼な目次だよね)フランス、イタリア、アメリカ、ジョージア、オーストリア、チェコ、スペインの生産者を紹介している。
末尾では特筆すべきナチュラルワインのイベント、そしてナチュラルワインが飲めるお店を紹介している。
素晴らしいワインを支える8つの柱 - Gli Otto Pilastri del Vino Straordinario -
第2章で紹介されている著者独自のナチュラルワインの評価方法です。
1. Impatto Emotivo 心に響くインパクト
2. Vitalità エネルギッシュさ
3. Evoluzione nel Bicchiere グラスの中での変化
4. Equilibrio バランス
5. Bevibilità e Digeribilità 飲みやすさと飲み心地
6. Sapidità 塩味
7. Trasparenza 透明さ
8. Senso del Luogo どのワインがどこから来たか
一つ目の柱「Impatto Emotivo」がまず面白い。僕はどうしても物事を分析するときは理性的になる側面があり、まず感情で受け止めようとするのはナチュラルワインにとってとても正しい評価方法だと感じた。「食」というのはどこまで行っても個人的な体験でしかないので、当人の歴史の上でどう感じるかを重んじるのはとても正しい評価方法だと感じる。世界一美味いと言われるワインも、その背景を理解できない人にとっては一銭の価値もない。これは音楽や美術などあらゆる芸術にも通じる概念だ。
二つ目の柱「Vitalità」は泡のワインのように”踊る”か否かを問うている。単にワインが若いかどうかを尋ねているのではない。これは面白い捉え方であるが、一つ目の柱に準ずる概念な気がする。
三つ目の柱「Evoluzione nel Bicchiere」は本の中でも二つ目の柱「Vitalità」に関連すると書かれている。いいワインというのはグラスの中でも踊り続け、時間とともに味わいを変え、我々を楽しませてくれるということだ。つまり、最初の三つ目の柱は最初のインパクト、その後の躍動性、そして時間を経た変化について評価していることになる。
四つ目の柱「Equilibrio」はワインのバランスについて問うている。イタリアのソムリエ資格AISではワインについて評価するときにEquilibrioについての項目がある。酸味やアルコールの度数、塩味、タンニンなどを総合した時のバランスを評価する項目だ。この"バランス”というのは実に厄介な概念で、ワイン単体で飲む場合はバランスが取れていることに越したことはないが、アペリティーボ、食事、デザートなどあらゆるシチュエーションを想定すると評価するのは難しい。とは言いつつも僕は単体でバランスが取れたワインが好きだけどね(こういう内在していた動機を本によって知覚できたのが嬉しい)。
五つ目の柱「Bevibilità e Digeribilità」はまさに僕がナチュラルワインを定義するときに使っていた使っていた概念。一言で言うと「身体が喜ぶか」。一般的に通ずる概念かわかりませんが、僕は自分の身体が欲するものに耳を傾けることができる。肉が食べたいか、魚が食べたいか、野菜が食べたいか。それらのうち具体的にどういった風味、栄養のものがあるものを食べたいか、などなど。ワインについてはそこまでの解像度はないものの、飲んだときにそのワインが身体が受け入れるものかどうか、つまり、人体にとって不要なものが入っていないかどうかはすぐにわかる。仮にすぐにわからないことがあったとしても数分〜数時間後には身体が悪い反応を起こすので(くしゃみ、頭痛、眠気)わかる。反面、身体が喜ぶワインは勝手に手が伸びる。喉が欲する。もっと飲みたくなる。
六つ目の柱「Sapidità」は植物の香り、苦さ、土っぽさの要素と記載されている。ワインというのは詰まるところ葡萄であり、具体的には白葡萄か赤葡萄でしかない。ソムリエ的な解釈であれこれと言葉を連ねることはできるけれど、結局はただのフルーツだ。そんな単一の果物から派生した飲料が世界中で作られている。それだけ品種や作り手によって味わいを変えるのがワインで、それを繊細に表現できるのがいいワイン(そしていい作り手)、ということなのだと受け止めている。
七つ目の柱「Trasparenza」は樽や香料などに惑わされない葡萄そのものの味わいについて言及している。最近では樽で熟成したワインは不人気と聞くが(僕は好きだ)、個人的にこれは六つ目の柱と類似した概念と感じる。Sapidità、つまり土地の影響を葡萄が直接表現できているかどうかだ。
八つ目の柱「Senso del Luogo」。この部分はなぁ〜。未だ勉強中なのですが、いわゆるテロワールです。個人的な体験から言うと、ヴァッレ・ダオスタやトレンティーノは「高山の味」がする。ピエモンテやフリウリは身体では理解しているつもりなのだけれど言語化ができない。僕は一応イタリアワインを主軸に置いてワインの勉強をしているのですが、美味しいワインは悉く大地と結びついている。土地がいいからワインが美味しい。もちろん作り手の努力や醸造方法などによる影響もあるけれど、一番大事なのは土地と収穫時期。つまり、土地のポテンシャルを最も活かすタイミングで収穫すること(独断と偏見です)。僕は北イタリアのワインを中心に飲んでいるのですが、土壌や気候風土が全然違うピエモンテとフリウリのワインのどちらも好きなことから土壌そのもの(石灰質か、粘土質か、など)に好みがあると言うよりは土地の味、そして葡萄のポテンシャルが響いてくるワインが好きなのだと分析している(もちろんその上での好みはあるけれど)。
……と私見を交えつつざっと紹介したけれど、ざっくりまとめると、
そのワインは心に響くか
身体が喜ぶか、酸味や塩味のバランスは心地よいか
葡萄の個性を表現できているか、他と異なる繊細な何かを感じるか
テロワールを感じるか
となる。すごい乱暴なまとめ方だけれど笑 つまり結局、僕が美味しいと感じているワインは上記を満たしたもので、その概念が本によって言語化できたということだ。今後はこの認識をもとに、葡萄の個性やそこに含まれる繊細さ、テロワールを分析したいなと考えている。
おまけ
僕がナチュラルワインについて足を踏み入れたのは割と近年で、たぶん2020年前後。以前からワインは嗜んでいたけれど、それは大学生がスーパーでワインを買って飲んでみる、の延長線でしかなかった。葡萄の品種なんてわからないし、そもそも日本に葡萄の歴史は浅い。食用葡萄についての知見はあっても、ワイン用の葡萄の知識なんて一切ない。葡萄本来の味も、テロワールも知らない、わからない。ワインを飲まない、好きじゃない、知らない人の認識っておそらくこんな感じ、という典型的な人間だったと思う。
それが変わり始めたのは三鷹のkualで初めてL'Arcoのヴァルポリチェッラを飲んで、東京のナチュラルワインバーにたくさん通って(この点で東京は本当に恵まれた土地だと思う)、この世界に足を踏み入れることができたから。でも、僕はワインが大好きだと思うけれど日本で真に味わうべきは日本酒だとも感じている。日本を除く世界にない日本酒のテロワールが存在するのは日本だからだ(当時からちゃんと日本酒も探求してたけどね)。
Gravnerに行ったときに「あなたたちのワインは開けてからいつが飲み頃なの?」と誰かが質問していて「いつまでも。飲み切るまでだよ」と答えていた。
これは真理のような答えだと思っていて、実際にいつまでも美味しいかは置いておいて、美味しいワインというのはいい土地、いい葡萄をもとに余計な手を加えずに、つまりきれいに作られているから美味しい。ボトル詰めされた段階でこれ以上美味しくならない、つまり、美味しくなるための変化を終えきっているからボトルを開けて数日、あるいは数週間経っても美味しいのだ。
一般的なワインというのは数日経つと酸化して、あるものはより美味しくなり、あるものは飲むに耐えないものとなってしまう。これは見方を変えれば不安定な状態とも言えて。よく「ワインは買ったらすぐ飲むのではなく数年越しで飲め」と言うけれど、これは裏を返せばリリースされたワインはその時点で飲み頃ではなく将来的にまだ美味しくなる状態であるということだ。
ワイン造りが一年を区切りとした作業である以上、ワインのリリースが季節によって区切られるのは必然的とも言えるが、葡萄を加工するという側面から見た場合、各々の葡萄、各々の土地によって最適なリリース時期、飲み頃があるというのは自明で、飲み手が知っておくべき常識なのだと思う。日本の文化に通訳して言えば、醤油づくりや味噌作りにあたるのだろうか。やったことないけれど。美味しいものを本当に美味しいタイミングで食べるには時間が必要ということだ。
話を戻すけれど、これを書きながら飲んでいるのはLe Putis De Laurie。グルナッシュ・ノワールを使ったアンフォラのワイン。産地はフランス。開けてからひと月、あるいはふた月は経っているのだけれど、変わらず美味しくてびっくりしている。本当に美味しいワインというのはこういうワインなのだなと思う。大好きだ。美味いワイン。
*** 完全なる蛇足 ***
最近の悩みはワインを語り合える友人に飢えていること。。。バルバレスコに住んでいたときはワインに詳しい人やワインを探求する日本人に事欠かなかったのだけれど、フリウリでは周りがイタリア人だらけで流石に母国語でない言語で語り合うことができません。というか、語り合う習慣もないっぽい(作り手を除く)。僕ら日本人も日本酒について語り合わないよね。あくまで飲み会の脇役であって「うまい!」の一言二言で終わる。イタリアにおけるワインも似たような立ち位置で主役は会話、つまりそこにいる人々。外国人である僕はワインについて語りたいのだけれど、同じバックグラウンドの人が周りにいない!家にボトルが溜まっていく!一人じゃ開けられない。。。
* 次は醸造学的な本を読む予定。これを読んで自分の認識がどう変わっていくのかがとても楽しみ。その目印の意味も含めてこの記事を書きました。
Grazie per leggere. Ci vediamo. 読んでくれてありがとう。また会おう!