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トランスして男性になった生活

朝日で目が覚める。暑い日は窓が開けっ放しだったり、下着一枚しか履いていなかったりもする。胸があるときは決して上裸ではいられなかったはずだけど、そんな過去は忘れかかっている。ただしそんな風に寝ると、背中の男性臭がマットレスにこびりついてしまうんじゃないかという心配はある。

臭いは気にするようになった。新年初の買い物は、育毛シャンプーと消臭可能なボディーソープと、あと電動歯ブラシだったか。必要最低限の清潔感を維持するためのアイテムたちだった。

毎日のようにジムかプールへ行く。これも胸がなくなってから可能になった習慣だ。

入会するときに保険証を提示したら何か言われるかと構えていたが、受付の方は表面を見ただけだった。「性別;裏に備考あり」「戸籍は女性」なんて無駄情報を見ないでくれてありがとう。おかげで何不自由なく男性スペースを使っている。自分は別に「男性用が使いたい」という意思はないので、ただ誰にも邪魔されずに着替えができればいい。ときには配慮されないことが配慮である。

更衣室でおじさんたちが会話しているとき、不意に不安になることもある。“あの若い子は下ついてないんじゃないか”と勘繰られたら生活が台無しなので、みんな無知で無関心でいてくれるとありがたい。パスグッズ(もっこりするやつ)は使ったことがないが、男性用の競泳水着を履いている。“小さいんだろう”と思われるくらいならば、“ないんだろう”と思われるより百倍マシである。ちなみに胸がなくなり次第、銭湯もサウナも入っている。とにかく風呂が好き。大好き。

本屋や図書館をうろちょろする。市民図書館のカードを作るとき、まだ戸籍上の名前を変えていなかったので「もうすぐ名前変わるんですけど作れますか」とかなんとか言って、案外すんなり作成してもらえた。外見で察されたのか、結婚して名字が変わるとでも思われたんだろうか。

とりあえず地方に引っ越してから、思いの外LGBTという概念を行き渡っている空気があって驚いた。(とはいえ同性パートナーシップについて検討していない、と県のエライ人が仰っていたのは残念。自分は戸籍を変えるんだかどうか、いつ変えるのかわからないし、相手の性別がどうなるかもわからないパンセクシュアルでもあるので、制度が追いついていないのはシンプルに不便。)

仕事ではサラリーマンということになっている。就職時にトイレはどうするのか聞かれ、「多目的トイレはありますよ」と言われた。多目的トイレでなければならない理由はないので、男子トイレへ行っている。これも、東京の男子トイレでは個室に並んでいたり、やたら臭かったりしたのだが、地方で普段利用しているところは空いているし、掃除が行き届いていて良い。

大学在学中は構内に知り合いがいるので多目的トイレへ行くことが多かった。しかも男性ホルモン半年までは女性用シェアハウスに住んでいた。

昔の知り合いがいない場所になって快適。身近に会える知り合いはいまだに誰もいないけれども。毎日通っているジムやプールで話し相手ができるといいとは思うけれど、体を知られたくないので結局深い仲にはなりたくない。というか、なれないだろう。

昼間でも道を歩くとき背後に男性がいると、わけもなく警戒する。四半世紀身につけていた“男性への警戒心”がまだ保たれている。逆に、自分自身もそうした“男性側”に立たされるという事実も承知している。

女友達が彼氏と同棲したとき、非常に驚いていた。「ドアも開けっぱなしだし、夜中にコンビニ行けるし、男性ってこんな楽なの?!」という衝撃があったという。自分はそうだねえと相槌を打ちながら、まだ両者の狭間にいるのだと思う。

女友達から電話がかかってきて精神が不安定なときは大体生理前なのだけど、自分にそれがなくなってからそんなものがあったのだとすっかり忘れていた。でも実際、自分は男性ホルモンを入れてからの方がホルモンバランスがめちゃくちゃになったので、むしろシンパシーは上がったかもしれない。

生活全般ラクになった。以前より孤独感が増したとか、ムラムラしがちだとか、臭いがするとか、そういう変化にぽっかり穴が開いた気はするけれど。死のうとしなくなった。

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