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『成瀬は天下を取りにいく』を読んで、令和にあのヒロインを思い浮かべた【祝🎉本屋大賞】

各所で話題になっている小説『成瀬は天下を取りにいく』を読んで、一つの確信を抱いた。
主人公の成瀬は、あのアニメの団長の実写化だと。

あらすじ

「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」。
中2の夏休みの始まりに、幼馴染の成瀬がまた変なことを言い出した。コロナ禍、閉店を控える西武大津店に毎日通い、中継に映るというのだが……。さらにはM-1に挑み、実験のため坊主頭にし、二百歳まで生きると堂々宣言。今日も全力で我が道を突き進む成瀬から、誰もが目を離せない! 話題沸騰、圧巻のデビュー作。

https://www.shinchosha.co.jp/book/354951/

著者の宮島未奈さんはこの『成天』(『成瀬は天下を〜』の略称)がデビュー作ながら、10万部以上を売り上げ、いろいろな賞を獲得。
今年の本屋大賞にもノミネートされました。
(追記:受賞しました!)

https://x.com/hontai/status/1777969808744841239

この主人公がすごい

去年の春、Kindleストアで西武ライオンズのユニフォームを着た女子中学生の表紙が目に入った。

「どういう状況だ……?」「なぜ西武……?」と思い、電子書籍なのに思わず表紙買いをしてしまった。
実際に読んでみたら(西武のユニフォームを着ている話は無料で試し読みできます!)、主人公・成瀬あかりの圧倒的な存在感……クセの強さに引き込まれ、一気に読んでしまった。
続編の『成瀬は信じた道をいく』(成信)は今年1月の発売当日に買って、同じく一気読みした。
成天では成瀬の中学生から高校生までの話が数本の短編で描かれているが、

  • 幼稚園児の頃からひらがな・カタカナが書けて、勉強も運動もできる

  • 小学生の時に「シャボン玉を極めようと思う」と宣言して、天才シャボン玉少女としてローカル番組に出演する

  • 200歳まで生きることを本気で目指し、5時起床→9時就寝の生活リズムを秒レベルで守る

  • M-1に中学生で出場する

  • 高校の入学式に坊主頭で出席する

  • 携帯を持っていない

  • 口調が明治の文豪っぽい

  • 明らかに目上の人でも敬語で話さない

  • 一度聞いた名前を絶対に忘れない

……と、「こんな女子中学生(女子高生)いないやろ……」というくらいに全然読めない言動が続く。
それぞれの章の語り手は(最後を除いて)友人など周囲の人で、周囲から見た成瀬が描かれている。
成瀬の幼なじみ・島崎みゆきを始めとして、周りの人たちは当然のように成瀬の存在に困惑し、巻き込まれる。そして、成瀬がきっかけになって(少しだけ)人生が変わる。
学校では周囲から浮いていることや軽いいじめを受けた過去も示唆されているが、本人は全然気にしていないようで、最終的に周りの方が根負け(?)して、成瀬を快く思わない同級生もなんやかんやありながらも成瀬を受容している。

唯一無二の主人公像ではあるが、私はこの本を読んで、別の圧倒的存在感の人物を思い浮かべた。


令和になっても思い出す

右側の団長の方

人生を変えた一冊は? と聞かれたら『涼宮ハルヒの憂鬱』と答えると思うほど私はハルヒに衝撃を受け、原作小説もアニメも20年近く前だが、令和になった今でもハルヒのことをたまに考えている
この涼宮ハルヒも破天荒な人物で

  • 「ただの人間には興味ありません。この中に、宇宙人・未来人・異世界人・超能力者がいたら、あたしのところに来なさい」と自己紹介で宣言

  • その後、本当に宇宙人と未来人と超能力者が現れる(異世界人も解釈によっては現れている)

  • 本人は気づいていないが、神に近い能力を持っている

  • 巨乳メイドさんが紅茶を淹れてくれる謎の部活を立ち上げる

  • 野球チームを突然立ち上げて勝利

  • 成績はいいし、運動もできるし、顔もいい

……という話が出てくる。

もちろん20年前のライトノベルと昨年発表されたばかりの小説で、フィクションの度合いは全く違う。ただ、ハルヒの世界を限りなく実在の世界に変換したらーー宇宙人や超能力者といったSF要素を取り除き、巨乳メイドさんなどの萌え要素を取り除いたら、その世界の涼宮ハルヒは成瀬あかりでは? と思わず考えてしまった。

両者とも学校の成績とスポーツ・運動能力が高いという、学校が中心の同世代のコミュニティーで一番気にされる尺度で圧倒的な能力値を示し、破天荒な言動以前にその点で周囲を圧倒している。
そして、周りから浮いてもおかしくないが、それさえも人物像として(お笑い用語で言えば「ニン」が)突き抜けるレベルの存在感があるので、一周回って周囲も受け入れてしまっている。
また、細かい性格は全く違う両者だが、突拍子もなくとんでもない目標をぶち上げ、その目標に向かう行動力が段違いに高い。

ハルヒは限りなくフィクションの度合いが高い。一方、成瀬については冒頭で「こんな女子中学生(女子高生)いない」と書いたが、とはいえギリギリ実在しても疑わないかな……?という人物ではある。
ハルヒを実写化したら成瀬になるというと言い過ぎ(そもそも成瀬もフィクション)だが、ハルヒの人物像を現実世界にいてもおかしくないように調整していったら成瀬に近くなるのではないか……と思う。


現実を、地元を、他者を否定しない

ハルヒと成瀬で一番違うところは「周囲の現実を肯定的に捉えているか」だと思う。

ハルヒは宇宙人も未来人も出現しない、平凡な人間しかいないこの現実を「つまらない」と感じている。だからSOS団を立ち上げたし、(本人は自覚していないが)現実改変能力を持っている。
一方、成瀬はとんでもないことをするが、現実世界の価値観を覆そうとはしていない。
成績がいいからこそ、高校は地元の進学校に進学し、家から近い京都大学を目指している。
天才シャボン玉少女宣言やライオンズユニフォームで閉店直前のデパートに通うのも、地元のメディアに取り上げられたいという思いが働いている。
何より、長生きを目指すのはこの世で生きることを良いことだと考えているからだろう。

そういう意味では、ハルヒが中高生……「中二病(厨二病)」という言葉があるほど現実世界と対立し苦悩しがちな世代向けに書かれたライトノベルの人物らしいし、成瀬が幅広い世代から受け入れられているのも納得できる。

また、成瀬は自主的に地元をパトロールをしたり、M-1で組んだコンビで後に地元のイベントに定期的に出演もする。作品の舞台となっている滋賀県や大津市に愛着を持っている。
こう書くと、いわゆるレペゼン地元なマイルドヤンキーっぽくて、個人的に私は”地元”から出たい側の人間だったのでどうしても拒否感を抱く。が、成瀬はそうした負の地元愛、排他的な地元愛は持っていない。
作中でも広島から来た男子高校生を案内するくだりで描かれているが、湿っぽくはない、開放的な価値観を持っている。だから、その地元愛は決して嫌なふうには感じない。

それに、成瀬は他者を否定しない。
作中では成瀬と関わりたくない人物が語り手の章があるが、そこでも成瀬はそれを受け流し、、それさえもなんとなく受け入れているそぶりを見せる。これは仲間思いな一面もあるハルヒにも言えると思う。

こういう性格の主人公なので、私は成瀬に圧倒されつつも爽快感を覚える。
ある意味、新しい主人公像だと感じた。


どこまで”成瀬”を通し切れるか

先述の通り、今年1月には続編も出版された。もちろん面白い。

『成信』では大学生編が始まる。
大学生になった成瀬は相変わらず”成瀬”だった。
このままいけば、第3作以降も出るかもしれないし、とても気になるし読みたいし出してほしい(お願いします)。

ただ、もし今後「社会人編」などと続いていくとして、どこまで成瀬は”成瀬”を突き通せるだろうか。
現実は成瀬のような「出る杭」な人間にとても厳しい。
その現実に対して成瀬がどう変わっていくか/変えていくか。
不安に思いつつも、きっとなんとかなるんだろうな……と妙な信頼感を抱いている。
今後の成瀬にも目が離せない。

リンク

友人の島崎の成瀬に対する感情、逆に成瀬の島崎に対する感情など、感想を書きたいことがたくさんあるけど、まとまらず……。


あまりにも好きすぎて聖地巡礼に行ってきました。


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