何にも考えられていなかった私を縛っていたもの
こんにちはー、タツミです!
ようやく先日は23歳になりまして、ワクワクするという気持ちとは裏腹に、何となく歳の重なりが怖くなってきています。
23ですよ!23!!
「若いね」って言われてますけど成人式から早3年。
早くないですか?
誕生日の朝はそんな事実にテンションがバグっていた結果朝活で寝落ちしてしまうという大惨事をやらかしてしまいました。
大反省。。
そんな自分ですが、フリーランスとして2021年4月からやってきて一番感じたことが、「自分は今まで何も考えられていなかったんだなあ」ということです。
いやあ、自分でもわかっていたつもりではありましたけど、想像以上に課題ばっかりのフリーランス道でした。
全てが自分の責任のもとで進んでいく。
怖いって何の。
特に、真ん中の新しい挑戦。
やろうとしても「どうやってやればいいのかな・・・」「うまくいかなかったらやだな・・・」という漠然とした不安で全然一歩が踏み出せず時間ばかり経ってゆく・・・
そうして自己嫌悪のループへ・・・
なーんてことも少なくはありませんでした。
わかってはいたんですけれど、頭の中で想像しているものと経験してみるのとでは全く違いました。まあ、この経験のおかげで気づけたこともあるので結果的に無駄ではなかったとは今思えています。
その気づいたことの一つが冒頭の「何も考えられていなかった」ということ。日常を主体的に生きられていなかったんです。
ここが抜けているので、いくら本を読んでも、セミナーをいくら受けても自分の中に取り込めているものが少なかったです。
当然です。自分が変わる以前に、自分というものがよくわかっていなかったんですから。
そうしていわゆる「ノウハウコレクター」のような形になってしまっていました。
きっと、現状に不満を持っていたり、何かを達成したいけれどうまくいっていない、という人の中にも同じように悩んでいる人はたくさんいるんじゃないでしょうか?
だから、僕は今こういう風に記事を書いています。僕はコーチに出会ったおかげで、そんな自分と向き合うことがようやくでき始めました。
今回の記事では「何も考えられていなかった」私ができた過去を振り返りつつ今の私が感じていることを記していきたいと思います。
少し長いので2部構成にしようと思います。
最後まで読んでもらえたら、嬉しいです。
この記事を読んでくれた人の1人にでも届きますように。
いつの間にか「感じる」ことを封印してしまっていた過去
僕は、もちろん生まれた時から感情を封じてしまっていたわけではありませんでした。
人並みに泣き、人並みに騒ぎ、人並みに笑い、人並みに親に迷惑をかけた幼少期だったみたいです。
特に幼少期には友達と人の車に砂を入れて遊んだりなんかしていたそうです。よくないこと、少し違えば犯罪です。それでも、当時の私は楽しさの赴くままに遊びまわっていました。
しかし、中学、高校へと進学するうちにだんだんと雲行きが変わっていきます。思春期の到来ということもあったのですが、一番は「理不尽な現実」への嫌悪感でした。
こんなことがしょっちゅうありました。
学校あるあるかもですが、「帰れ!」と言われて勝手に帰った先輩に怒った先生の怒りの矛先がなぜかこちらに飛んできて「俺の休日返せ」と言われたり。
本来であれば自分がやらなくていいはずなのに、連帯責任になってしまうからという理由でなぜかやらされたり。
自分が疑問に思ったルールに対して「なぜ?」をぶつけたら「いいから従え」と強制され、再度突き詰めたらキレられて逆に責められたとか。
(皆さんも同じような経験したことありますか?)
謎に強いエネルギーを浴びせられた私は
「なぜ?」
「何でこんなことを言われるの?」
「私はどうしたらいいの?」
「どうしたら怒られない?」
という風に考えるようになったんですね。
この時の私が頼れるものは「論理的正解」と「感情を制御し、抑えること」だけでした。
理不尽に潰され、涙をこぼしたり、辛い思いをするたびに僕は「正しさ」を追い求め「自分で何かを感じること」を封印していったのです。
そのせいなのか、国語は一番苦手でしたね。
「誰が何を感じているか」という明確な答えのない問題に対し、「どうしたら正解になるのか」を基準に考えていた私は手が出ませんでした。
人の行動にも合理性を求めた
そんなこんなで正しさを求めていると今度は、人の行動に完璧な合理性を求めるようになります。
そんなことばかりが気になっていきました。
自分で何かを考えて行動するのではなく、「正しい」ことしかできなくなっていったんですね。
「正しければいい」
「正しくなきゃだめ」
真面目なようで、ただの完璧主義人間。それが僕でした。
なので、自分の意見を言うときも「正しい」と思われるかどうか。「人に嫌われないかどうか」を常に意識していました。
見事な他人軸。主体性なんかあったもんじゃありません。
おかげで文化祭で告白しようと思っていたあの子にも告白できず・・・
高校生活を振り返って後悔した自称ランキング1位です。
と言う気持ちの方が強くなってしまい。
典型的なビビリでした。
大学でもこの自称的完璧主義は続き、気づけば僕は、「正しさ」や「効率」などに縛られ、新しいことにも取り組まない、ほとんど感情を持たない人間になっていたのです。
感情のない世界に生きること
感情のない世界に生きるってどう言う感じでしょうか?
一度想像してみてください。
・・・想像つきましたか?
一言で言うと「グレースケール」です。
世界から色がなくなっていきます。
何もかもがモノクロの世界になるんです。
頭の中は真っ白。
思考はぐちゃぐちゃの真っ黒。
0か100しかない、両極端の世界。
僕が住んでいるのは、そんなどうしようもない世界でした。
小学生のことからハマっていたゲームは、「早く終わらせること」だけを考え、昔は見ていなかった攻略を見るようになりました。
「楽しい」からただの作業ゲーになり、
「何のためにやっているのか?」が分からなくなり、大学生になったころにはゲームをほとんどやらなくなりました。
アニメもほとんど見なくなったのはこの頃でしたね。
とにかく、感情が動かなくなっていたので、「楽しい」とか「面白い」と思うことも少なくなっていきました。
「〇〇したい」ではなく「△△なら正しそう」と言う価値観になったことでさらに完璧主義の助長につながりました。
新しいことに取り組むにも、
こんなことばっかり考えるように。
逆に「意味ない」ことはやりたくないと思うようになってしまったんです。
こんな思考が常に頭の中を支配していました。
きっと、主体的に動いている側から見たら「何だこいつは?」と思われていたことでしょう。
もちろん、それなりのコミュニケーションはできましたよ。
仮にも心理学部でしたし笑
少しは相手に合わせたりも当然しましたし、教えてもらう立場の時は素直に話を聞いたり、努力したりと言うことは問題なくやっていました。
なので、少なくとも表面的には真面目でいい子だったと思います。
感情のなくなった人だからと言って、普通に暮らしていないかと言われるとそうでもなく、むしろ「怒らないようにしよう」とか「周りに迷惑をかけないようにしよう」という思いから、内面を押し込めていたので、外側からは何も問題ないように見えるように「意図的に」自分を作っていました。
それが、これまでの私でしたし、このおかげでフリーランスになってからも、いや「なる以前から」苦しんできました。
「正しさ」に囚われて生きると・・・
感情を失った私は、人形のように誰かに操られたかのように生きていました。虚な人形は、常に正しさを求めていきます。
するとこんなことが起こります。
こんな感じです。
この3つの言葉に共通して欠けているものって、何かわかりますか??
そう、「自分の希望、欲望、想い」です。
「成功するために〇〇を試してみよう」
「自分は、この立場で人生に向き合いたい」
「とにかく〇〇を突き詰めてみたい」
(他にも様々な思いがたくさん)
真っ当な人間なら誰しも持ち合わせている意思を自分は成長の過程でとりこぼしてきてしまったのです。
自分の意思ではなく、他人の「やった方がいい」で動くので、当然成果も対してでず、自己嫌悪。
挙げ句の果てに、隣の芝生ばかりを羨ましがり、また別の方法を求めるようになります。
ここまで聞いたあなたは、こう思うかもしれません。
「何回か失敗したら良い加減学ぶんじゃないの?」
「人に相談すれば良いじゃん」
ええ、もちろん学びましたし、相談もしました。
ですが、しばらくするとまた負のループへ戻ってきます。
再三お伝えしていますが、「自分の希望、欲望、想い」がないからですね。
自分軸のない他人軸の行動をしていては、いつの間にか元の場所へ戻ってきてしまうんです。
皮肉なことに、僕は、情報収集力だけはあったので、いろんなノウハウを引っ張ってくることは容易でした。
今時Twitterを探ればいっぱい芝生はありますからね。
私を迷わせるには十分です。
気づけたきっかけは「〇〇」だった
そんな僕は今、こうして元気で文章を書くことができています。
これは一重に、〇〇の助けがあったからこそ。
おおげさと思われるかもしれませんが、本当のことです。
詳しくは、次の記事でお話ししたいと思います!
解決編。ってやつですね。
乞うご期待です!!
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【簡単な自己紹介】
長野県長野市生まれ -> 立命館大学 -> 新卒フリーランス。
普通であれなかった、とある人間です。
ゲームと、唐揚げ、物語に触れることが趣味。
(趣味が近い方一緒に語りましょ〜!!)
HSS型HSP傾向あり。
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