自分が自分でいる(恋人のおかげ)
人の、許可はいらなくて
ひとの承認もいらなくて
納得もいらなくて
やっぱり、
そういう気持ちだったよね
わたしはわたしで
いいんだよね
私のきめたことを
私は肯定するよ
よくやったね
自分が、それでいい
よくやったって
決める
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「そうしたいにんげんちゃんを、だれより、いつも、にんげんちゃんが肯定してほしいかな」
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「にんげんちゃんが最後は決めるしかないけど、いろいろプロセスの中で、力になれるし、サポートできるよ」
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恋人がくれた、恋人の身体が伴った違和感がない一部の言葉たち。
そんなことを言ってくれるのかと、嬉しくて泣いてる。嬉しくて泣ける自分に感動する。恋人がくれた言葉をお守りのようにしている。身体に気持ちの良い何かが染み込んでいく。こぼれ落ちた言葉を何度も何度も形にしようとしてくれる恋人の姿勢に感心する。
恋人がくれた恋人の身体と一致感のある言葉、見返すと、涙がでる。ありがたいなぁと思う。心の中にいる恋人が「それで、あなたはどうしたいの?」と投げかけてくる。
恋人は、あなたはどうしたいんですか?っていうスタンスを崩さない。これしてくださいっていうのを、決めてくれない。そんな人。
凪のような、修行僧のような、そんな人。
誰よりも自分と向き合ってる。そんな人。
私が私のままでも喜んでくれるけど、私が1すれば100喜んでくれる。そんな人。
「わがままなにんげんちゃんが見てみたい」と言ってくれる。そんな人。
恋人の存在が私をゆるませてくれる
恋人の在り方に影響されるのが気持ちいい
恋人は私が私に近づくことを手伝ってくれる
恋人といるとありがとうが自然に増えていく
恋人の前では(喜)怒哀(楽)が出せる
恋人といると自己受容度が高まる
恋人とはナチュラルに未来が想像できる
恋人といる自分のことが好き
恋人に出会えて、前の自分では恥ずかしくて言えなかった言葉が言えるようになった気がする。むず痒い言葉も穿った見方じゃなくて、真っ直ぐに受け取れるようになった気がする。どう思われるかじゃなくて、私が私にどうしてあげたいかを聞けるようになった気がする。この自分も受け入れられる、こんな自分も受け入れられるっていう体感をさせてもらってる。恋人といると、言わないという選択肢をしなくていい、隠さなくても嘘をつかなくても、そんな自分にならなくていい。きっと受け取ってくれるだろうという安心感が恋人にある。
うれしい。うれしい。うれしい。
恋人のおかげでゆるんだ私。(許可度が高い周りの人のおかげでもある。)ゆるんだおかげで、あらゆるものが受け取れるようになってきたんじゃないかなと思う。それは過去にもらったものも含めて。ゆるんで余白ができリラックスしたおかげで、感じられてなかったものを感じられる余裕もできてきた。
恋人とは一生話せるので、話したいけど、触れたくて触れてると結局話せないので、もっと話したい。という最高な悩みが今ある。
寝る前に恋人の眼をじぃーと見てみた。何秒、何分見つめ合ってたか分からないけど、なんだか満たされた。
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にんげんちゃんの愛は、報われるべきだと思うんだよね
活かされて循環させていきたいなっていうか
無駄にしたくないなあっていうか
にんげんちゃんの愛は、大きいし、深いから
それが受け取られないことに慣れちゃっているのかもしれないなって思うんだけど
自分も、瞬間的には受け取っているかもしれないけど、まだまだ無駄にしていると思うから
もっと受け取っていけるとおもうんだよね
少しずつ、自分の愛の器も育てていくね
じぶんのために、にんげんちゃんのために
============(恋人の言葉)=======
そんな目で見てくれる恋人の存在がありがたい。
私を見つけてくれて、ありがたい。
恋人の存在で、私がゆるんでいく。許可できなかった自分が許可されていく。
自分が自分であるということ。
なんだか、いまやっと、私は私を幸せにする素地ができた気がする。『幸せになる勇気』という本を私は読んだことがないけれど、もしかしたら、読んでみるとおもろい発見があるかもなぁ〜と、書きながら思ったりした。自分を幸せにするっていうのは、自分が自分でいることを受容してあげることかもしれないなと思ったりした。
2023年は【放】だった。
2024年は【繋】げることをしたい。自分をより繋げていきたいかも。
今年もたくさん楽しみたいねぇ〜。最後まで見てくれてありがとう。
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