イラストレーター・合田里美さんの作品とめぐる神戸・新長田~鷹取~須磨
『ぼく』という絵本がある。岩崎書店さんが出しておられる「闇は光の母」というシリーズの第3弾。谷川俊太郎さんが「自死」をめぐって真正面から書きあげた詩に、イラストレーターの合田里美さんの絵があわさって誕生した絵本だ。今年(2022年)2月に、Eテレの「ETV特集」でも取り上げられていたから、ご存じの方も多いかもしれない。
「ぼくは しんだ じぶんで しんだ 谷川俊太郎と死の絵本」(NHK)
私(自由港書店店主・旦悠輔)は、この絵本を見て衝撃を受け、お店(自由港書店)でも売り続け、NHKの番組も観て、合田里美さんの作品世界の虜になってしまった。合田里美さんの描く子どもたちーーいままさに大人たらんとする、まさにその、一歩手前の子どもたちーーの表情は、どこか醒めているようで、でも、その、冷たくも見える瞳の奥には確かな熱も感じられて、かろうじて危ういバランスを保っているような、そんなふうで、子どもたちは、この目で、何を見て、何を感じているのだろう、ずっとずっと考えさせられる、そんな絵で、ああ、虜になってしまいました。
合田里美さんと神戸(新長田~鷹取~須磨)
神戸の西・須磨海浜公園にある当店(自由港書店)で、合田里美さんの作品集「空ときみと」、それから、ポストカードたちを取り扱わせていただきたいと思い、合田里美さんにお願いのメールを差し上げたところ、たくさんのお仕事を抱えお忙しくしておられるなか、実にご丁寧なお返事をいただいたのでした。
なんと・・・!合田里美さんは、幼少・学生時代を、当店がある須磨、そして、隣町である、鷹取、新長田エリアで過ごされたかただったとは・・・!合田里美さんの作品世界がどのようにして創りあげられていったのか・・・。少しでも探求したいと思い、その後、合田里美さんからお預かりした作品群を手に、新長田~鷹取~須磨を巡ってみることにしました。
合田里美さんの作品とゆく新長田
まずは、JR神戸線・新長田駅から旅を始めることにしました。2022年10月16日(日曜日)。秋晴れの、気持ちの良い日。JR新長田駅を出ると、駅南側に「鉄人広場」と呼ばれる大きな公園がある。そこには、巨大な「鉄人28号」モニュメントが屹立しているのでした。そう、マンガ『鉄人28号』を描いた故・横山光輝さんも神戸ご出身だったのでした。その日は、鉄人広場で「第20回 琉球祭」が開催されており、大勢の人で賑わっていました。
新長田は、神戸の「下町エリア」として広く愛され親しまれているエリアだ。私も、新長田が大好きだ。店のある須磨の隣町が新長田だから、いろいろあって疲れてしまったときには、かえりみち、新長田でぶらり途中下車して、名物の「ぼっかけそばめし」(もちろん「どべ」をかけます)などをいただきつつ、銭湯なんかにも入ったりなんかして、心と身体をゆるめほぐしたりするのでした。新長田はあたたかい街。ある程度の世代の方であれば、1995年に起きた阪神淡路大震災で大きく被災したまち、として、新長田のことを認識しておられる方もおられるかと思います。関東出身の私も、新長田、といえば、震災で大変だったまちなのだよなあ、というイメージでおりました。実際に大変な被害を受けた新長田のまちは、いまや、復興が進み、再開発も進み、いっぽうで、昔ながらの商店街や路地も残りつつ、あらゆるひとを受け入れてくれる懐の深いまちとして賑わっているのでした。年配の方々も暮らしやすいまち。町全体がバリアフリーであるように思える。ところどころにベンチが置かれている。安心できるまちだ。多文化共生のまちでもある新長田には、世界のさまざまな文化に触れることのできるお店もたくさんたくさんあるのでした。この日も、多くの方が「琉球祭」を楽しんでおられました。鉄人広場に響く琉球の歌。
ピントが鉄人28号にあってしまっておりますが・・・、合田里美さんのポストカードをよく見ると、サルビアの花が少年の胸にはいっています。空を舞っているのも、サルビアの花です。遠くには、「三ツ星ベルト」という看板が描きこまれているのが見えます。「サルビアの花」。そう、神戸市長田区の「区の花」(1984年制定)は「サルビア」なのでした。赤く情熱的なサルビアは、にぎやかなこのまちのエネルギーを感じさせてくれます。長田区のウェブサイトによれば、「小さな花がたくさん集まってすばらしいながめを見せてくれる。長田区もこの花のようにみんなが協力してくれるまちになってほしい」ということで選ばれたのだそうですよ。「たすけあい」のこころが、長田らしくて素敵だなあ、とおもいます。
神戸市長田区|区の花・区の木(長田区役所ウェブサイト)
JR新長田駅を出ようとすると、改札前に「三ツ星ベルト」と書かれた巨大なポスターが掲示されています。ベルト等製造で世界的に有名な「三ツ星ベルト」さんは、長田区を代表する企業さんなのでした。新長田の南東にある苅藻エリアにある三ツ星ベルトさんの建物にそびえていた「三ツ星ベルト」の看板は、震災復興のシンボルとして長く親しまれてきたものなのだそうですが、2020年に、安全を第一に、撤去をされたとのことです。安全第一ですものね、それが一番のことですね。
三ツ星ベルト、本社の広告塔撤去 震災復興のシンボル(日本経済新聞)
合田里美さんの作品とゆく千歳公園
名残惜しいですが、鉄人広場を離れ、駅北側(神戸では山側といいます)、合田里美さんが通われていた千歳小学校のほうへと向かいます。千歳小学校は、震災から数年が経った2002年に、近くの小学校と統合となり、だいち小学校という新しい小学校として生まれ変わりました。千歳小学校跡地は、千歳公園という、緑あふれるきれいな公園にうまれかわっていました。子どもたちが、あちらこちらで楽しそうに遊んでいます。
こちらのポストカード、千歳小学校の体操服を着た男の子なのだそうですよ。うしろに描かれているのは、ハナミズキの木ですね。そう、長田区の区の木は「ハナミズキ」なのでした。長田区のホームページによると、「返礼という花言葉は震災で色々とお世話になった長田に適している」ということで、区の木に選ばれたそうですよ。残念ながら、この日は、ハナミズキの木を見つけることができず、紅葉しはじめのサクラの木の横でパシャリ。
神戸市長田区|区の花・区の木(長田区ウェブサイト)
それにしても、夏場は水遊びできるような水路もあったり、赤い実のなる木も生えていたり、植生も多様で、非常に豊かな公園だなあ、という印象をもちました。大切に維持管理されているようです。
千歳公園は、非常時の防災拠点としても機能するものなのだそうです。何かが起きた時に皆で集まって急場をしのげるような公共空間がしっかり整備されてあるというのは、すばらしいことですよね。それもこれも、地域のみなさまが、日常的に公園を大事に維持管理されておられるからこそのことなのだと思います。たくさんの木に守られた、豊かな公園です。
そんな千歳公園のまんなかには、ひときわ大きい、青空に向かって高く高く伸びるメタセコイアの木があります。このメタセコイアは、戦前(太平洋戦争前)に設立され、以来、長い間、子どもたちの成長を見守ってきた千歳小学校にあったという、思い出のメタセコイアの木なのだそうです。木の根っこの周りには花も植えられ、地域のかたがたから愛されているのがわかります。メタセコイアに見守られるようにして、この日も多くの子どもたちが公園で遊んでおりました。
合田里美さんの作品とゆく妙法寺川公園
さびしいですが、千歳公園を離れ、千歳公園のすぐ近くにある、新しくできた小学校・だいち小学校前の公園を抜け歩いていくと、妙法寺川に突き当たります。この、妙法寺川の両岸も、美しい公園(妙法寺川公園)になっているのでした・・・(公園がたくさんですね!神戸市には公園がたくさんあります)!この公園は、川の両岸に見事な桜並木があって、春になれば、見事なサクラが咲くのでした。
妙法寺川公園を山側に歩いていきますと、太田中学校があります。合田里美さんの出身校ですね。みなさん、春は、桜並木を通りながら通学するのでしょうか。
だいぶ日が暮れてきました。暗くなりはじめてきましたので、やや歩みを速めて、妙法寺川沿いを、さらに山のほうへ向かって歩いていきます。
神戸は、山と海が近く、とりわけ、新長田~須磨にかけてのエリアは、六甲山系の終点にあたることもあり、山と海が非常に近接しています。海辺のまちから少し歩けば、すぐに山の麓なのです。空気のにおいも変わります。
だいぶ山まで来ました。高取山です。長田のまちを見守るようにまるっとそびえている、守り神のような山なのだと思います。遠くからでもよくわかる山です。送電鉄塔が立っていますね。合田里美さんのカードにも、山や鉄塔が描かれたものがあります。鉄塔のある風景、というのは、なぜにノスタルジーを感じさせるのでしょうね。やや感傷的になりながら、山の麓を歩いていきますと、高台の上に、須磨学園中高という大きな学校があるのでした。学校に至る道の途中からは、新長田~鷹取~須磨エリアを一望できるのです。
合田里美さんの描かれる絵には、冷たさ(クールな印象)と熱さが同居しているように思われます。独特な、色温度のグラデーションがあるように感じます。温かくもあり、厳しさもある、そんな世界の中で、未来を見据え、世界を冷静に見つめつつも、瞳の奥底には希望の灯が燃えている。人はひとりだけれども、根源的には、人と人は支え合える。そんな希望を感じさせてくれる絵だと思います。
自由港書店には、合田里美さんのポストカード、それから、作品集「空ときみと」を置いています。地域のみなさまはもちろんのこと、遠方よりこの地に旅をしに来られたかたがたにも、ぜひ、お手にとっていただき、いろんなことを感じ取っていただけたら嬉しいな、と思います。
合田里美さんは、現在もさまざまなお仕事を抱えて大活躍されておられます。今後、どんな作品をつくりあげていかれるのか・・・、これからも、とても楽しみですね!自由港書店としても、引き続き、追いかけていきたいと思います!(記|自由港書店|旦悠輔)
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