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「その人」の名を出すと鳴る非通知電話…いつもどこかで私を監視する「見えないストーカー」の恐怖|ヤキソバChang『謎のコメンテーター』

平山夢明さん監修のサイコホラーオムニバス『あのとき死なずにすんだ理由 あの日、あのとき、あの場所で感じた理解不能な恐怖』発売を(勝手に?)記念して、執筆者のひとり、謎の女子ライター・ヤキソバChangの未発表原稿を公開します。繰り返される不可解な非通知着信、電話の主は……このひと、何かがおかしい。

もしもあの著名人がサイコパスだったら

 2019年の初夏から、非通知の着信に、2024年も現在進行系でずっと悩まされている。頻度は、1日に何度もかかってくることもあれば、1週間に2回だったり、まるまる数ヶ月かかってこない年もあり、時間帯も昼や真夜中などバラバラ。当初は電話に出たこともあったが、電話の主はずっと無言で、おそらく外を歩いているようなかすかな靴音や車の音などが聞こえるだけだった。
 男性をこっぴどく振った経験はいちどもないし、5年間も粘着されるような恨みを誰かから買っている心当たりはない。非通知の主が誰なのか、まったく思い当たらないのだ。……けれども、最近になり「もしかして」と、ひとりの人物が電話主の候補としてトップに躍り出た。その人物を、仮にT氏としたい。

 T氏の存在を知ったのは、私が出版社で雑誌編集者をしていた十数年前のこと。さまざまな雑誌でその名を見かけ「売れっ子コメンテーター」という認識だった。T氏の発言は、キャッチーでおもしろかった。政治経済のほか、人の興味を引く芸能ネタが得意だったようで、毎月湯水のごとくあふれるネタの数々に「さすが売れっ子だなあ」と新人編集者だった私は素直に感じ入っていた。180cm以上の長身で、日本人離れした目鼻立ちに、いつも派手なネクタイに仕立ての良いスーツ姿という際立った外見も、只者ではないオーラを漂わせていた。
 T氏を好意的に見ていた新人時代から数年経ったころ、私は会社を辞め週刊誌にかかわるようになった。あのとき見上げていた売れっ子コメンテーターT氏は、私のネタ元になっていた。毎週のように電話して「女優Xさんの噂話はありませんか?」と聞くと、撮れ高たっぷりのそそる話が湯水のごとくあふれ出す。
 当時のT氏は、タレント然としてテレビ出演していたこともあり、テレビ業界と近しいとされていて、だからこその湯水のごときネタの宝庫なのだと感心していた。

 数ヶ月に1度は会って話を聞いていた。T氏は決まって、青いカバーの、背表紙が3cm以上はある分厚い手帳を携えていた。そして私が「女優Yさんって最近どうなんでしょう?」と問うと、「Yさんね、えーっと……」と手帳をパラパラとめくり、「ああ、はいはい、Yさんは最近熱愛が発覚した俳優と、家にこもって肉体をぶつけあってばかりいるみたいですよ。汗だくで交わる性癖があります」と、女優の性事情をこともなげに教えてくれる。問えば問うほど、パラパラとめくり、「はいはい、Zさんは……」と100%なにかしらの性事情を明かす。そんなことってあるのだろうか。押せば望み通りの品物が1秒後に出てくる自動販売機並のシステムに違和感を覚えた私は、思わず手帳を覗き見た。小さな文字でびっしり何かが書かれているほか、雑誌のスクラップや付箋がいくつも貼ってある。私が覗いているのに気づいたT氏は、手帳をさっと傾け中身を私からは見えないようにした。

 同時期のことだった。懇意にしているテレビディレクターが、テレビ番組レビューサイトを見て声を上げた。
「なにこれ。急に俺の担当番組が酷評されてる」
 ここ数ヶ月の間に放送された彼のレギュラー番組に、軒並み「★1」が並ぶ。しかもそれは、不定期放送の特番にまで及んでいる。
「これ、嫌がらせだな」
 彼が確証を持ってそう言ったのには根拠があった。レビュー主の名前がすべて同じ、「ダーリン秋川(仮)」なる人物だったからだ。私は軽い気持ちで、その文字列を検索ボックスに打ち込んだ。ものの0.4秒で、同名の雑貨店店主のSNSがトップに出てくるではないか。
「この人が犯人ですかね?」
 まさかこんなに簡単に犯人にたどり着くわけがないとは思うが、彼は「とりあえず、この店に行ってみようかな。なんでこんなことをするのか知りたいし」とテレビマンとして火がついたようだった。
 東京から新幹線で2時間以上の距離に位置するダーリン秋川の店を無事探し当てたディレクターから、「想像以上に複雑」とぐったりとした口調でメールが来るや、電話で報告を受けた。
 店に行った彼はダーリン秋川に当該ページを見せ「これはあなたですか?」と真正面から切り込んだ。店主はまじまじと見たあと、「ああ……」と、肯定とも否定とも取れない声を漏らしたという。そして、語りはじめたのだ。

「もうだいぶ前なんですけど、オークションサイトで出品者とトラブルになったことがありまして。『正規品』と謳っていたのにコピー品だったんです。低評価をつけたら、それからというものネット上で嫌がらせを受けるようになったんですよ。大型掲示板に店の悪評が書かれたり、僕の本名が掲示板のいたるところに書かれたり、あとは、今回あなたが来たようなことをされました」
「と、いうと?」
「なりすましです。僕の名前で、誰かに嫌がらせをする。嫌がらせされた人には、あたかも僕が嫌がらせをしているように見えますよね、いまのあなたのように。トラブルがあったのは何年も前のことなのに、まだ名前を使われていたとは」
 私は思わず「え! なんでそんなことすんの!?」と、ぞんざいな口調になるほど驚いた。ディレクターの言うとおり、事態は想像の範疇を越えた複雑さだった。

「ちょっとこれ、もっと探ってみようか」
 ディレクターの探究心に刺激を受けた私は、オークションサイト名と、「ダーリン秋川」を検索ボックスに並べる。有象無象の検索結果の中に、大型掲示板のとあるスレッドがあった。スレッドには、「ダーリン秋川」が散りばめられているほか、まったくちがう文脈ながら、見知った名前が散見されたのだ。
 T氏である。
 なぜここに、T氏の名前が? 共通点がないはずの、ダーリン秋川とT氏。両者が大型掲示板の同じスレッドの、200レスほど離れた距離間でニアミスしている。ふたりのつながりを明確にすることはできなかったが、一応ディレクターに「なぜかT氏の名前が書いてあったんですよ」と報告する。
「え! T氏って、あのT氏? 最近、俺の番組を"偏差値の低い番組。観ると馬鹿になる”とSNSに書いていたから、こっちも"うさんくさいフェイクコメンテーター”と応戦した、あのT氏?」
 なんとディレクター、T氏とちょっとしたいざこざがあったというのだ。この日からなんとなくT氏の動向が気になるようになった私は、T氏と親交のある関係者に話を聞くことにした。

 まずは、T氏の著書の担当編集者Aさんの話。

Aさんの証言
 T氏の著書を作ったころは、打ち合わせと称して飲むこともたびたびありました。印象的だったのは、T氏が自分の携帯に届いたメールをため息交じりに見ながら「はあ、今日も監視されていますよ」と言ってきたこと。見せてもらうと、「今日は◯◯駅付近でなんの密談だ?」というメールが届いていました。差出人は「ZUNDA(仮)というカルト宗教」だといい「ずっと嫌がらせをされている」と話していました。その後、同じような監視メールが僕の元にも届くようになったんです。T氏と会った日の翌日、差出人不明のアドレスから「昨日の服はなかなかセンスがよかったな」など……。正直、ZUNDAの仕業を疑ってしまいましたね……。
 え? なりすまし被害? うーん……T氏とは無関係だと思うけどいいですか? いつだったか、某ブログ主から「ブログに対するA様のご批判に対して、真摯に受け止め、精進いたします」という内容のメールが届いたんです。戸惑いました。だって、そのブログを読んだこともないし、ましてや批判メールなんて送るわけがない。内容は「文章がひどすぎる」「センスの欠片もない」などの批判で、僕の名前とアドレスから届いたそうなんです。気味が悪いですよね? 会社の総務部に相談して、すぐにメールアドレスを変更しました。

 Aさんの話にも、T氏の名前と不可解な出来事が、手が届きそうで届かない距離で同居する。さらに、以前T氏がコラム連載をしていたWEBメディアの執筆陣だった、ルポライターBさんにも話を聞いた。

Bさんの証言
 僕に対する根拠のない誹謗中傷、ネット上にたくさんあるでしょう? それにはきっかけがあって、昔、T氏があるWEBメディアでコラム連載していたんです。あるとき連載が終了し、そのタイミングで僕が連載陣に加わった。それからなんですよ、僕への中傷が目立つようになったのは。もちろんT氏が中傷しているなんて証拠はありません。ただ、「タイミングが同じだった」ということだけ、お話しておきます。

 T氏とネット配信番組を制作していた動画クリエイターCさんも、こんな話をする。

Cさんの証言
 実は番組制作過程でT氏と揉めたんですよ。原因は、お恥ずかしいのですが、ギャラの分配についてです。T氏と喧嘩別れした直後から、謎の差出人からの不気味なメールが届くようになりました。なんだっけ、ZUNDAだっけ? ……差出人はそんな団体で、調べたら“スピリチュアル”を謳う秘密結社めいた団体でした。あ! 番組のもうひとりの共演者で女性ブロガーDさんも、このときにT氏と揉めて絶縁したんですが、そのあとから……、ほら、見てくださいよ、コレ。

 そう言ってCさんが示したのは、とあるネットニュース記事だった。記事によると、「某芸能人がバラエティ番組で『ある女性ブロガーが失礼なことをしてきた』と暴露したあと、女性ブロガー=Dさんと断定したブログや、掲示板への書き込み、Dさんを批判するネットニュース記事が急増。さらに、Dさんの個人情報がネット上のいたるところに書き込まれ、ネット住民がDさんのSNSに集い、総攻撃をする事態に。困ったDさんはついに、『あの話は私ではない』と自身のブログで釈明するに至った」というもの。
 3人の話と1人の事例の共通点はまぎれもなく、T氏の存在がちらつくことである。
 T氏と揉める(または接触する)→ネット上で不可解な誹謗中傷が始まるorなりすまされ、他人への嫌がらせに名前を使われるーーという流れが、まったく同じなのだ。ZUNDAについては、“謎の宗教団体”の存在で恐怖心を煽る目的として利用されているのだろうか。
 だが、T氏が直接手を下している痕跡はどこにもない。尻尾を掴みきれないのだ。

「謎の宗教団体」に狙われると……

 水面下でT氏に関する取材を続ける一方、T氏本人とも付き合いを続けていた私は、あるときT氏から、「今度オンラインサロンを立ち上げるので、フロントメンバーに入ってほしい」と依頼されたのだ。T氏から「サロン運営の案を出してくれれば、1本1万円で買い取る。実務はぼくがやりますから、きっと損はさせませんよ」と熱のこもった口調で誘いを受けた。
 曖昧に返事をし、出来上がったというオンラインサロンのサイトをチェックすると、フロントメンバーに日本人の無名メディア関係者数人の名前と、外国人スタッフ6人ほどの名前と顔写真が並ぶ。日本人の名前をひとりひとり検索ボックスに打ち込むと、プライムタイムの報道番組に出演するジャーナリスト並に詳細なウィキペディアが、検索結果に現れる。ほぼ全員が、である。「アジア国際大学(仮)卒業」とか、「『いつまでも冒険心を忘れずにいたい』との矜持を胸に◯◯年に独立」とか、無名に似つかわしくない大仰な経歴が事細かに書かれている。一方で外国人スタッフはというと、その写真は明らかにネット上で適当に拾ったような質感、もしくは遠くから盗撮したような解像度。曖昧にしておいた返事を、この日はっきりと「遠慮しておきます」と明確に伝えた。

 誘いを断ったからか、それともT氏に対する疑惑の視線を隠しきれなくなってきたからか、この日を境にT氏は徐々に電話に出てくれなくなった。そして「最近は海外を拠点にしていて多忙だから、これからは僕のビジネスパートナーに話を聞いてみてください」と、前述のサイトにも名を連ねているU氏を紹介してもらったのだ。U氏もT氏同様に、女優名を伝えると湯水のごとく「ハイハイッ! 女優Zはエッチ大好きですね! ヘヘ!」と性事情をつまびらかに明かしてくれるのであった。
 そんなU氏と初対面を果たしたのは、T氏からU氏を紹介されて半年後のこと。U氏は落ち武者のようなヘアスタイルが特徴的な、肉感的体躯の推定50代。脇の下と背中の汗じみが、「FBI」というロゴが入ったグレーのTシャツに地図を描く。“T氏のビジネスパートナー”にしてはコントラストが強すぎる容姿に、面食らった。私の戸惑いなどつゆ知らず、いつものように女優の性事情を牛丼屋並のスピード感で提供するU氏が、ふと、挙動不審に辺りを見回す。
「? なにかありましたか?」
「ヤキソバさん、ZUNDAって、知っていますか?」
 心臓が跳ねる。何度もその名を聞いた、T氏と切っても切り離せない団体ZUNDA。それがいま、U氏の口から語れんとしている。
「いえ、知らないです」
「ZUNDAは危険な団体です。盗聴、盗撮、拉致監禁……一度目をつけられると、とんでもない目に遭い、周辺には行方知れずになった人も数知れず。ヤキソバさんも、気をつけてくださいね……? へへ!」
 意味ありげに口角を上げるU氏。そして、数日後。

<原稿チェックを>

 そんな件名のメールが迷惑メールボックスに届いた。送信元アドレスは、会社名のような単語と名字を組み合わせた会社員によくあるものだが、送り主は不明である。本文を開くと、たった1行、こう書かれていた。

<念のため、原稿チェックをお願いします。取り急ぎ要件のみ。>

 原稿チェック、と書かれているだけあり、ファイルがひとつ、添付されている。22KBのZIPだ。ファイル名は、ランダムな文字列。ついに私の元にも、来たのだ。よりいっそう心臓が高鳴る。添付ファイルを開く勇気はなく、送信元アドレスを検索ボックスにコピペする。ヒットしたのは、1件だけ。大型掲示板のスレッドだ。1レス目から下へスクロールをする。しばらくしてアドレスにたどり着く。「詐欺を行っているアドレス」などと注意喚起がなされ、アドレスの主だという人物の個人情報も書き込まれている。さらに下へとスクロールする。手が止まる。なぜならそこには、T氏の名前とともに、T氏を称賛する書き込みがあったからだ。

 今回、『あのとき死なずにすんだ理由』への寄稿について担当編集者に「こういった人物について書きたい」と相談した。それから毎日のようにT氏について思い出していた。その過程で「もしかして、5年間続く非通知着信は、T氏がかかわっているのではないか?」と思い至ったのである。ミステリー小説を読みながら気持ちよく伏線に気づいたときのように、自宅で夫に話した。
「今度T氏について書こうと思っているんだけど、最近また非通知が活性化しているじゃない? 昨日も2回あったし、先週は4回もあったし。あれって、T氏じゃないかな、と思うとしっくり来るんだよね。だからさ、次にかかってきたら、『Tさんですか?』と聞こうと思っているんだ。それか、『ZUNDAか!?』とか、恐怖におののきながら言おうかな(笑)。それで原稿がおもしろくなればいいかなと思って」
 しかしそれ以降、これまでの活発な着信が嘘のように静まり返り、1ヶ月以上音沙汰がない。夫に話した途端に、その存在が消えてしまったのだ。

 いま、この原稿を書きながらT氏のSNSを眺めている。肩書きは「Global media consultant」となっていて、柔和なほほえみの近影が投稿されている。おそらく加工が施され、肌は50代らしからぬシワのないつるりとした質感で、顔は実物の3分の2ほどの小顔になっている。ズームしてみる。抑揚のない、底の見えない黒目と、目が合う。

「ぷるるるるるるるる!」

 急にアレクサから、聞いたことのない着信音が大音量で響く。偶然にしては、いまこの状況で、T氏の存在感が大きすぎる。長袖に二の腕の鳥肌がぶつかり、刺すような痛みが全身に走る。私は、逃げるようにT氏のSNSを閉じることしかできなかった。

著者プロフィール
ヤキソバChang(やきそばちゃん)
帰国子女で両親は日系ブラジル人。中学生のときに日本に帰化するも両親は離婚し、母はブラジルへ帰国。父は中部地方の自動車組み立て工場に勤務。父と一緒に暮らすも、寂しさから近所の介護施設に入り浸り、そこで知り合った老人の勧めで水商売の道へ入る。店で某出版社社長と知り合い、自分の体験談を書くことになり文筆業の道へ。身長170cm、B90・W60・H100、切れ長の目が特長で水商売時代につけられたあだ名は「クレオパトラ」。英検1級。


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