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【序文-1グランプリ】カメこ編

はじめまして、カメこです!

ディクショなる皆様におかれましては、今年のクリスマスプレゼントには何の辞書がよいか厳選する期間に入っておられるかと存じます。

さて、今回私が紹介するのは…

増補 大日本地名辞書(冨山房)


です!!

序文-1グランプリのルールについてはコチラ↓↓


まず、大日本地名辞書とは何ぞや?

吉田東伍の地誌。国郡の区分に従い、大小の地名を挙げ、その変遷・由来・史跡などを出典を示して精細に説く。本文六巻、汎論・索引一巻。一九〇〇~〇七年(明治三三~四〇)刊。続編〇九年刊。

広辞苑 第七版

これに、著者の吉田東伍が遺した「余材」を合わせたものが「増補 大日本地名辞書」で、なんと蝦夷・琉球・台湾以外は吉田東伍一人が全て執筆しています。


ちょっと変わった序文


大日本地名辞書の序文はとにかく長いことで有名。増補ではなんと86ページもあります。
これは刊行当時の学者、政界の有力者、内閣総理大臣などが書き下ろした序文をまとめているからで、さながら「偉人オールスター」とでもいうべきメンツです。

つまり、大日本地名辞書の序文は「日本を代表する偉人の文章を読み比べる」ことができるのです。

今回は数ある序文の中から

嘉納治五郎「大日本地名辞書序」
渋沢栄一「大日本地名辞書序」
大槻文彦「吉田氏地名辞書評語」

 
この3人の序文をピックアップして、それぞれの序文の特徴を楽しんでいきます。

大日本地名辞書が刊行された明治時代はまさに近代化の時代。文体が全く統一されておらず、執筆者によってまるで違う序文となっております。そんな見どころ満載の偉人たちのお言葉を読み比べてみましょう!
 

大日本地名辞書序 嘉納治五郎

最初は柔道の父、嘉納治五郎が書いた「大日本地名辞書序」です。句読点の打ち方が現代に近く、序文の中では比較的読みやすいため、この序文から読み進めてみてはいかがでしょうか。

今や文運日に進み月に新にして、図書の刊行せらるゝもの尠からず。然れども、此等は概ね時好を趁ひ流行に投ずる片々たる一気呵成の小冊子にして、我学会に貢献すること著大ならず。これ、識者の深く遺憾とする所なり。

つまり、「文化、学問が進化していく中で多くの本が出版されるようになった。しかし、ほとんどが流行りに乗った薄っぺらい本で、学問に大きく貢献するものではないから、識者は残念に感じていた。」とのこと。
これに対して次の文を見てみましょう。

此時に当りて、吉田君の大日本地名辞書上梓せられる。繙きてこれを閲するに、尨然※たる大冊子にして、著者は此書の編纂に筆を染めしより茲に十三年、名利を棄て、寝食を忘れて、心血をこれに傾注し、遂に今日の体制を致せりと聞けり。挙世滔々として目前の小利に狂奔し、薄志弱行の徒、衢に充つる時当り、著者の如き堅忍不抜、勤勉忠実の学者を見る。其現代人の人心を激励する効果、豈鮮少ならんや。況や其書の至貴至重にして、学会多年の欠漏を補ひ、明治の文学に一大光明を添ふべき宝典たるに於てをや。

 ※原文は尨然の「尨」の犬部が「九」になっている俗字が使われている

簡単にいうと、
「そんな中で、吉田君の大日本地名辞書が出版されたわけよ。これマジメに読んだけど凄い量でさ、吉田君はこれを富も名声も気にしないで、寝食を忘れるほどのめり込んで書き続けた結果、13年で完成させちゃったんだと。
意思が弱く、目の前の利益に流されやすい世の中で、吉田君みたいな勤勉で忠実な学者がいると励まされるね。学会からしたらかゆい所に手が届くだろうし、明治の文学に名を残す本になること間違いねーぞこりゃ。」

と評しています。

大日本地名辞書と吉田東伍に対する評価なのですが、「挙世滔々として目前の小利に狂奔し、薄志弱行の徒、衢に充つる時当り」は今の時代でもかなりグサッと来ますね。

また、絶賛に近い高評価の一方で、次の指摘があります。

されど、自然地理、経済地理に関する方面は、今尚暗黒の裏にありて、これを照破すべき一大光明を待つに急なり。

そう、大日本地名辞書は、歴史地理学方面からのアプローチに優れているものの、地形、気候などの自然現象にはほとんど言及がされていません。この点については、大日本地名辞書の後継ともいえる「日本歴史地名大系(平凡社)」が取り入れています。

大日本地名辞書が刊行された衝撃と、当時の日本に対して嘉納治五郎が抱いていた悩みや問題が読み取れる序文でした。

大日本地名辞書序 渋沢栄一

続いて渋沢栄一翁の「大日本地名辞書序」です。
こちらかなりクセのある文章になっておりまして、文のクセを感じてもらうために、まず第一段落を半分ほど読んでいただきます。

余読書を好み経史伝記小説雑誌に至るまで目に触れ手に到るもの取りて読まざるなく読みて楽しまざるなし但余が読書法たる其大意を領するに止まり甚だ解するを求めず若し意に会ひ興至る時は動もすれば寝食を忘るゝあり

…これで第一段落のちょうど半分くらいなのですが、正直読みにくく感じませんか…?。
そう、渋沢栄一の文は句読点が一切ないのです!ちなみに、序文の執筆者の中で句読点を一切使用しないのは渋沢栄一翁のほかに、東京帝国大学教授だった坪井九馬三文学博士のみ。

ただ、内容はすごく共感できます。ざっくりいうと
「私は読書が好きなもんで、郷土史から小説、雑誌まで、そこにあったらつい読んじゃうんだよね~。そんでハマると寝食忘れて読書にのめり込んじゃうタイプなんだわ。」

…ということらしいです。
わかるわぁ読書楽しいもの。もし現代にいたら「寝る前の読書のつもりがもう2時じゃん、明日平日だよどーすんの」とかやってそう(無礼極まれり)。

…失礼。先に進みましょう。

余は学会の一大偉業として之を歓喜するのみならず工業商務に従事する者をして地理の変遷物産の集散人情の醇漓等を考察するの便を得せしむる極めて大なるを得ず加之(しかのみならず)余嘗て商業道徳の発達は志想を高尚にするのは捷径即ち前賢先哲の高風清節を欽仰するに在りと
(中略)
果して然らば斯書は啻(ただ)に天下の山川を案頭に控(のぞ)き千古の群賢を一堂に会するの興を博すべきのみならず商業道徳の向上するに於ても一大利器と謂ふべし

要約すると、
「大日本地名辞書が、工業や商業に従事する者にとっても有益で、それだけではなく商業道徳(商業活動を行う場合に守らなければならない道徳。日本国語大辞典第二版より)の向上にも非常に有用だ」
と述べています。

地誌が経済面でも役立つというのは、非常に渋沢栄一翁らしい着眼点ではないでしょうか。

吉田氏地名辞書評語 大槻文彦

最後に、我らが大槻文彦先生の序文を読んでみましょう。

吉田東伍君、十有三年ノ苦心経営を以テ、大日本地名辞書ヲ完成セラル。裒然タル大著ニシテ、地名辞書ト云ワムヨリハ、正ニ、日本大地誌と謂フベシ。

この通り句読点あり&片仮名を使った文章で、言海の「本書編纂ノ大意」や「語法指南」を思い起させる文です。
 
序文の最後で、

衆人ハ、十三年ヲ久シトシテ驚ケド、余ハ僅々十三年ニシテ、克ク此大著ヲ独力完成セラレタル精力ノ絶倫ニ驚ク、洵ニ学士ノ心血ヲ濺(そそ)ギタル忠実ノ著作ト謂フベシ。

と、吉田東伍一人で、たった十三年で大日本地名辞書を完成させたことを驚きながらも賞賛しています。
…が、大槻先生ご自身も言海を私費で出版するほどに精力の絶倫なる方なわけで、序文を介して「ある道の創始者が、別の道の創始者を褒め称える」という、非常にアツい展開が繰り広げられる序文となっております。

おわりに

偉人たちのアツい想いと個性にあふれる序文、いかがでしたか?

「第一巻 汎論索引」には今回は紹介しきれなかった序文がまだまだあります。そして、本誌にはあなたの街の知らない歴史が載っているかも…?そしてこれを一人で完成させちゃったの!?
そんな驚きと発見に出会いたい方は、ぜひ大日本地名辞書を読んでいただけたらと思います。

それでは、次の序文-1グランプリもお楽しみに!

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