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書籍紹介:大木ヒロシ『お客とお店のためのシン・カスハラ対策』

 大木ヒロシ『お客とお店のためのシン・カスハラ対策』セルバ出版(2024)は、カスハラ問題に対処する方法を単なる対策マニュアルに留めるのではなく、顧客と企業の関係性を見直し、新たな顧客志向を築くための方向性を示しています。具体的な事例、社会的背景への考察、そして長期的な企業成長戦略を織り交ぜながら、カスハラ問題を「企業と顧客の未来を切り開く契機」として捉えている点に特徴があります。以下にまとめます。

1.「お客様は神様」という呪縛を解く
 
 本書の冒頭で著者は、カスハラ問題の原因の一つとして、戦後の日本で根付いた「お客様は神様」という考え方を挙げています。これによると、顧客第一主義を極端に進めた結果、企業文化に深く根付き、従業員が理不尽な要求にも応じざるを得ない状況を作り出したとしています。

 カスタマーハラスメント(カスハラ)対策を講じる前に考えてもらいたいことがある。それは、お客様は「神様ではない。あなたと同じ人である」ということである。人としての在りようの基本は「社会的」に生きる、すなわち互いの了見を互いによいようにすり合わせるということである。
 お客様(消費者)にとって、店(企業)を通じて需要(消費)を満たすことは重要な生活条件である。一方で店(企業)にとっては、お客様(消費者)の存在なしに経営は成り立たないことは自明の理である。こう考えると、店とお客様は「お互いさま」としか例えようがない間柄なのだ。 だから、カスハラはしてもいけないものだし、されてもいけないものだと考えて欲しい。

出所:本書(P3)

 ”お客様は「神様ではない。あなたと同じ人である」”との言葉は、顧客と企業の関係性を再構築するための基本原則として掲げられています。著者は、企業と顧客の関係を「互いに支え合う相互依存的なもの」と位置付け、過度な顧客重視が引き起こす問題点を鋭く指摘します。

 特に、著者は「顧客第一主義が行き過ぎた結果、従業員が疲弊し、企業全体の活力が失われる」と述べ、「企業は顧客と対等な関係を築くべきだ」という提言をしています。この視点は、カスハラ問題を単なる「対応策」ではなく、企業文化そのものを変革する契機とするものです。

2.クレームは「リスク」ではなく「価値」

 本書の中心的テーマの一つは、「クレームをリスクではなく価値ある情報として捉える」という視点です。著者はこう述べています。

 そのように見れば、クレームを減らす努力は必要だが、それ以上にクレーム対応の高度化が企業側に求められている。もっと言えば、クレームを価値ある情報として積極的に取り込む姿勢が必要になるのである。

出所:本書(P5)

 この考え方の背景には、顧客からの不満が企業にとって改善すべき課題を示す「本音のデータ」であるという認識があります。著者は、「臭いものに蓋をする」対応を改め、トップ層までクレーム情報を共有することで、組織全体が迅速に改善に取り組む重要性を説いています。さらに、クレーム対応が適切に行われることで、顧客が感動を覚え、最終的には「ファン客」に転じる可能性がある点も強調されています。

 商売人の本当の知恵とは「クレームという災いを転じて福となす」ことである。ここにこそクレーム対策の真髄がある。しかし、初動の時点で対応を誤ると顧客の言動は次第に感情的なものとなり、事態は悪化の一途をたどる。 そして、その感情が爆発を迎えたとき、クレーム客がカスハラ客へ変化することになる。
 クレームに対して「得難い情報をいただけた」といった視点にたてば、クレーム客に対して心底誠実な対応が可能になる。 そして、その誠実な対応はクレーム客をしてもファン客に変えるほどの力を発揮する。

出所:本書(P77)

 迅速で具体的な対応はリスクをチャンスに変える力を持つことを示唆しています。

3.カスハラが増加する社会的背景

 著者は、カスハラが単なる顧客の問題行動ではなく、現代社会の変容によって引き起こされる現象であると指摘します。特に、次のような社会的要因がカスハラの増加に寄与していると述べています。

 人間はコミュニティーにおける役割が不明瞭になったり、喪失したりすると、それがストレスとなる。ストレスは他者への攻撃性を高めることにつながる。 昭和から平成、そして令和と時を経て、社会も大きく変容してきた。そして、私たちのライフスタイルも昔とは比較にならないほど多様化している。
 カスハラは突然変異で顕在化したものではなく、こうした社会の変化の中で鬱積した人々の不安や失意が噴出したものと捉えることもできるだろう。

出所:本書(P50)

 ネット社会は便利であるのは確かである。そんな便利な社会に潜む匿名性の暴力性・攻撃性は企業側も常に頭の片隅においておかなければならない。SNSでも、リアルの店舗でも、いつ自分たちにその矛先が向けられるかわからない。

出所:本書(P55-56)

 こうした背景を理解することで、企業側はカスハラの発生要因をより深く洞察し、対策の質を向上させることにつながります。さらに、「顧客が攻撃的になる理由」を掘り下げることが、適切な対応策の鍵となると著者は述べています。

 企業側はこのようなカスハラの背後に潜む人間の性についても学んでおいて損はないだろう。

出所:本書(P43)


4.現場での実践的対応策

 本書では、現場で即実践できる具体的な対応策を豊富に提供している点です。「チーム体制の構築」が、カスハラ対策の基盤として位置付けられていますが、その他、対策を6か条にまとめています。

第1条 カスハラに至らない対応力を鍛えるべし!
第2条 1人で対応させないこと!
第3条 AAR(アフター・アクション・レビュー)を習慣化させる!
第4条  抑止力でカスハラを未然に防ぐ!
第5条 法人営業も時代に合わせて変化を!
第6条 セカンドハラスメントを起こさせない!

 第3条にあるAARは、「アフター・アクション・レビューの略称であり、行動内容の検証を行い改善につなげていく手法」(P125)であり、「共有とフィードバックができる環境をつくりだすこと」としています

 これらの対策6か条は、現場で孤立しがちな従業員を支え、組織全体で問題解決に取り組む文化を育むための手段として実践に繋げていきたい内容です。

5.カスハラ対策を超え、優良顧客を育てる

 著者は、カスハラ対策の最終的な目標を「優良顧客の育成」に置いています。これは、単なる防衛的な対応策ではなく、企業と顧客が共に成長し、長期的な信頼関係を築くための積極的な取り組みです。

 このカスハラ対策への取り組みを逆説的に考えてみれば、「カスハラを引き起こさない優良顧客づくり」にたどり着く。どういうことか? カスハラが起こりやすい環境では顧客と企業の関係が対等になっていないケースが多い。顧客が圧倒的に立場が上で、企業が下に見られている。売らんがための「お客様は神様」という偽りの顧客志向がすり込まれた企業にとってこの関係性に違和感を抱くことはない。

出所:本書(P114-115)

 優良顧客をつくりだしていく取り組みこそ、実は効果的なカスハラ対策につながるのだ。だからこそ、カスハラ対策をネガティブに捉えず、未来へ向けた新しい顧客志向を生みだす取り組みの一環として取り組んでもらいたい。

出所:本書(P116)

特に、中小企業においては地域密着型の強みを活かし、「顧客と企業が共に成長するパートナーシップ」を構築することが推奨されています。


6.現代のビジネスに求められる新しい顧客志向

 以上、本書は、カスハラ問題は、従業員を守り、顧客との信頼を構築する契機と位置付け、企業と顧客の関係性を改めて見直す視点を提供しています。顧客満足度を向上させ、優良顧客を育てる戦略を探っていきたい企業にとり参考となる内容です。


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