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書籍紹介 吉原勝己『エンジョイ、レトロビル!未来のビンテージビルを創る』

 吉原勝己さん『エンジョイ、レトロビル!未来のビンテージビルを創る』(書肆侃侃房)2013は、単なる建物再生の技術論ではなく、まちづくりとコミュニティの再生を同時に実現する社会的な挑戦としての建物再生を提案しています。古ビルをただの「老朽化した資産」と見なすのではなく、時間と共に熟成する文化的・経済的な資産に育て上げることを目指し、そこに宿っている個々の物語や人々とのつながりを再発見し、引き継ぐための哲学と実践が語られています。次世代に受け継がれていくような持続可能なビンテージビルを作り出していく独自の視点をまとめた本書についてまとめます。

 また、年数の経ったビルには、造りが良くてパーツのデザインがきらりと光る秀逸なビルが私たちがかかわることで、さらに魅力的な「レトロビル」に生まれ変わりました。そのうえ、時間をかけて熟成させ人がつながる建物に育てているのです。私たちはそんな子供のように大切なビルを「ビンテージビル」と呼んでいます。いま、住まいやオフィスを探しているみなさん、流行や新しさはあっても、間取りも機能も似たり寄ったりで、しかもつながりのない生活に満足されますか? いま、ビルの運営で悩んでいるオーナーさん、素晴らしい素質を持っているにもかかわらず、ただの老朽ビルと思い込んではいませんか? あなたのビルは「ビンテージビル」になり得るかもしれません。私たちは、そんな人たちにぜひとも、ビンテージビルの素晴らしさを知っていただきたいと思っています。そして、古いビルを再生することは、魅力あるまちづくりのベースになるとも考えています。

出所:本書(P3)

1. ビンテージビルという概念:再生を超えた熟成の価値

 ビンテージビルとは、ただ古さを維持するだけの建物ではなく、時間をかけてその価値が育まれていく存在です。ビンテージビルは、単に古さを維持するだけでなく、時間と共に価値を増す建物です。 歴史とともに培われる愛情、そして人々のつながりが織り込まれることによって、建物自体が価値を持つことを説いています。ビルを単に修繕するという枠を超えて、人々が関わりを持ちながら、建物を起点にコミュニティが出来上がっていくという発想です。

 また、現状ではただのレトロビルでも、そこに人のつながりが生まれるようにプロデュースすることで、数十年後に人とまちをつなげるビンテージビルになると考えています。そこで私たちは、そんなビルを「未来のビンテージビル」と呼ぶことにしました。

出所:P14

 筆者の独自の目線は、時間が建物の価値を育む要素であり、単に新築に置き換えることでは生まれない、その場所に込められた歴史と人々の関係性が、ビンテージビルの価値の中核であると考えている点です。ビルの再生を「熟成」という視点から捉え、そこに関わる人々の想いが時間とともに価値を増していくプロセスが表現されています。

「人のつながりを熟成させることで、建物を長く使い続けていきたい」という想いをオーナーと共有しプロジェクトはスタート。素晴らしいハード面には手をつけず、コンセプトの構築、運営、募集を中心に行いました。建築の価値、共住の魅力をしっかりと打ち出すことで、賃料は高額ながら、人と住むことを豊かと考える 「成熟した大人」が口コミを中心に集まりました。運営面も建物、地域にあった在り方を構築するため、「ルールをできる限り設けず、中村邨長、邨民 (住民)と運営の立案を一緒に協議する」独自のスタイルで運営しています。

出所:本書(P28)

2. スクラップ&ビルドからの転換

 日本では、古くなった建物を取り壊し、新しいものに置き換えるというスクラップ&ビルドの考え方が主流です。筆者は、この考え方の転換を試みています。スクラップ&ビルドの発想を転換することで、次に求められるのは、ビンテージビルとしての再生に必要な具体的な要素です。 筆者は、古い建物の中には、その時代特有のデザインや建築技術が詰まっており、それを再評価し活用することが、都市の文化や経済に新たな活力を与えるとも主張します。

文化財としての定義に当てはまればきちんと残されますが、まち中の民間のビルは文化財にはなりにくく、壊されてしまうのです。長い間のスクラップ&ビルドの建築事情を考えると、日本自体に、古いものを活用するという発想が希薄なのでしょう。しかし、いま築50年のビルでも、50年後には築100年のビルになるのです。ゆくゆくは市民が大切だと思えるビルになるかもしれないのに、単に年数が経ったから、あるいは今の時代にそぐわないからという理由で壊してよいのでしょうか。これからの時代のために、発想を転換するときだと思います。

出所:本書(P10-11)

 このように、筆者は、過去の遺産としての建物の持つ価値を再発見し、未来に繋げる視点の転換が必要だと説いています。ビンテージビルの提唱は、未来を見据えた再生でもあり、建物の寿命を延ばすことで、地域全体の文化的価値や経済的価値を向上させることの狙いが伺えます。

3. ビンテージビルの素質と条件

 筆者は、ビンテージビルの素質として4つの要素を挙げています。

 私たちはこれまで、いくつものレトロビルを、魅力あるコンセプトで再生しましたが、そのうちに「このビルは素晴らしいなぁ」と思うものには共通点があることに気づきました。それは次の四つです。
1.そのビルにオーナーの愛情が織り込まれていること
2.設計者、施工会社が丁寧に仕事をしたビルであること
3.ビルそのものやパーツに仕掛けやデザインがあること
4.そして、入居者さんたちのつながりがあること 
 これらが組み合わさることで、単なる「古い建物」ではなく、住む人々や訪れる人々に新たな価値を提供する「場」としてのビルが生まれるのです。

出所:本書(P12-13)

 筆者のアプローチは、単なるリノベーションだけでなく、建物に関わる人々が互いにコミュニケーションを深めて、新しい文化やコミュニティを創出する「場」を提供すること、そこにビンテージビルの核心があります。

4. 冷泉荘プロジェクト:コミュニティが育むビル再生の成功例

 福岡にある「冷泉荘」は、筆者が手掛けた再生プロジェクトの代表的な事例です。この建物は、耐震補強など物理的な改修を施した上で、入居者同士のつながりや地域住民との交流を重視した運営が行われている点に特徴があります。単なる賃貸ビルではなく、地域社会の一部として機能し、住民同士の関係性が建物の価値が向上を支えているビンテージビルの好事例です。

 この本の始めのページに戻りましょう。私たちは「レトロビル」と「ビンテージビル」という言葉を使い分けています。「レトロビル」とは、経営が成り立つビルのこと。そして「ビンテージビル」とは、経営が成り立つうえで人のつながりが生まれるビルという意味を込めて使っています。

出所:本書(P120)

このように、物理的な修復以上に、つながりの価値が建物の存在意義を強化しているのです。

5. 築100年ビルという未来のビジョン:次世代への価値の継承

 筆者には、再生された建物を次世代に継承する長期的なビジョンがあります。筆者は、日本でも築100年のビルを目指すべきだと語り、これを都市文化の遺産として保存・活用する考え方を提案しています。

ヨーロッパでは、マスタープランに従った厳しい建築の規制があります。新しく建築を行うことができないため、建物を長く使いながら残すことができました。このヨーロッパの考え方は、日本では無理でしょうか。いえ、そんなことはありません。築100年は十分に目指せると思っています。

本書(P125)

6. ビンテージビルがもたらすまちづくり

 筆者は、ビンテージビルが地域全体の財産となるとも説いています。ビル再生が単なる物理的な改修にとどまらず、まち全体に新たな活力をもたらす機能を発揮するのです。地域住民とオーナーが協力し合い、コミュニティのつながりが安全性か確保し、価値を生み出す仕組みが示されています。

東京都の犯罪率のデータによると、犯罪率が10%上がると、地価が1.6%下がるということ。

出所:本書(P126)

 筆者のビルストックの思想は、地域経済やコミュニティを持続可能に保ちながら、住みやすさを確保し、まち全体を豊かにするための手法です。

7.最後に

 筆者のビンテージビルへの再生の哲学は、単なる物理的な保存を超えて、まち全体の文化や経済に新たな活力をもたらすことを目的としています。本書は、まちづくりや建築、不動産業に関わる方にとって、持続可能な社会や都市計画を再考するための重要な指針となるでしょう。特に、地域資産の再活用を通じて、長期的な価値を生み出す方法を学びたい方々に一読をお勧めします。


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