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築100年経営を目指して~福岡発の古ビル再生への取り組み~
1.はじめに
一般社団法人日米不動産協力機構(JARECO)の中川理事長を囲む研究会2024のプレセミナーにオンラインで参加しました。
『空きビル・空き家を用いた不動産再生によるエリア活性化』と題した株式会社スペースRデザイン及び吉原住宅有限会社の代表である吉原勝己さんのお話を伺いました。以下に、築100年経営に向けて古ビルを再生するなかで地域の活性化を推進軸に据えた様々なプロジェクトの概要、吉原さんが取り組みで得た気づき、新たな取り組みを行っていく中で深まる地域の絆、ビル再生とコミュニティ形成の形について、聴講記録をまとめます。
2. 賃貸経営を継いだ当初のご苦労とリノベーションの先駆け事例
親の病気をきっかけに、それまで製薬会社勤務から大家業を引き継ぎましたが、当初は困難が多くありました。賃貸経営の未経験者の吉原さんはトラブル対応や裁判所通いの日々が続きました。滞納者の対応や建物のメンテナンス、さらには住民同士のトラブル解決など、毎日が試行錯誤の連続でした。しかし、その中で学んだのは、リノベーションの可能性でした。海外の雑誌から学び、見様見真似で取り組んだ最初のリノベーションが、福岡最初の成功事例となりました。国内でも初期にあたります。以下の山王マンションです。
3. リノベーションの成功とその広がり
2003年から山王マンションのリノベーションに着手し、「リノベーションミュージアム」を作り上げました。各部屋に最新のデザインを取り入れ、福岡初のリノベーション物件として話題を呼びました。学生やデザイナー、そして入居者そのものを巻き込んだ取り組みで話題を呼びました。この経験は今後のプロジェクトの基礎となり、数々の成功を収める原動力となりました。
現在では福岡市内で60棟近くの物件の再生に関与しています。平均築年数は45年ですが、古い建物ほど価値があるという市場を福岡市に創出することができました。
山王マンションの取り組みは、地域社会における新しいライフスタイルの提案と共に、物件の経済価値を高める効果を実証しました。各部屋のデザインは年代ごとに最新のトレンドを取り入れており、入居者にとって魅力的な居住空間を提供しています。これにより、入居率の向上とともに、家賃収入の増加にもつながりました。そして築古ビル文化を学びあう「ビンテージビルカレッジ」として取り組みの輪を拡大させていきました。
4. 各地での具体的事例
福岡市以外にも取り組みは広がっています。いくつかの事例を紹介いたします。
久留米の団地再生事例
久留米市の3棟建て48室の団地再生プロジェクトも象徴的な事例です。若手職人(リノベ兄弟)と共にコンセプトのデザインへの落とし込み、コミュニティデザインを学びながら取り組みを具体化していきました。しかしながら、リノベをしたところで賃料が上がらない、つまり新築が買えてしまうという地域事情にも直面しました。そこからは、「空室は学びの場」という発想転換がなされました。植栽やピザ窯の設置など、住民が関わるプロジェクトなども展開しました。次第に入居者同士の交流が活発になりました。このプロジェクトは、地域の若手職人たちが中心となり、DIYやコミュニティ活動を通じて交流が生まれ、住民同士の絆が深まり、団地全体の雰囲気が向上しました。また、地元の若者が積極的に参加することで、地域の活性化にもつながりました。パン屋、コーヒーショップ、クリエーター、職人シェアオフィス等、予想もしないような出店者が集まり、コミュニティの価値が高まりました。
大牟田市での再生プロジェクト
大牟田市の再生は、10万都市の事例として紹介いただきました。市民の手でゴミ拾いやイベントを続け、商店街を盛り上げていくわけですが、あわせて、市民の意見を反映した勉強会やイベントなども行い、地域の魅力を再発見し、経済価値を高めることにもつながっていきました。「2030年までに、DIYリノベで若者が集う住居・飲食店を50ヶ所創出しよう」という想いが住民全体としての取り組みにまで広がっています。
鹿児島の南九州市での事例
鹿児島の南九州市では、DIYによるぼろ物件の再生が一つのムーブメントとして起きました。コミュニティ大工が立ち上がり、DIYを通じて一戸建ての再生を進めています。自らの手で改修を行い、入居環境を自らで整備していったおかげで、地域全体の活性化につながっています。このプロジェクトにより、住民が自らの手で改修を行うことで、コストを抑えつつ、地域の魅力を高めることができました。新たな住民や観光客を引きつける効果も生まれました。
長崎市の団地再生事例
長崎市では、築74年の旧魚の町団地が再生に向けて始動しています。県の所有物であるこの団地をサブリース会社が10年間で収益化するプロジェクトです。若手の方々が中心となり、DIYやコミュニティ活動を通じて再生を進めています。他事例と共通しますが、住民が自らの手で改修を行うことで、コストを抑えつつ、地域の魅力を高めていこうとしています。
5. コミュニティの価値と経済価値のリンク
コミュニティとして息づいた再生ビルに経済価値が生まれていることもよく考察されています。吉原さんが関わってきた再生プロジェクトでは、入居者同士が交流し、文化を育む土台の環境が出来ました。これにより、物件の価値は、「経年劣化から経年優価」になっていくことが見えてきました。前述の山王マンションでは、入居者が自然と仲良くなり、交流が活発になることで、建物全体の雰囲気が良くなり、結果として高い入居率が維持されることになりました。また、入居者が自主的にイベントを開催し、住民同士の絆を深めることで、コミュニティ全体が活性化しました。このような取り組みが物件の魅力を高め、入居希望者が待機するまでになりました。一般的な経年劣化の常識が覆る驚きとともに楽しみやワクワクが感じ取れます。吉原さんは「共感(つながり)」が時間をかけて、建物も「文化(ものがたり)」へ、と表現されています。
6. 築100年経営と社会的価値の実現
上記の各事例には、築100年経営の実現に向けたエッセンスが詰まっています。単なる物件の管理を超え、地域社会に貢献し、持続可能なコミュニティを育てることが共通したポイントです。築年数の古い物件を修繕することが必ずしも大幅な経済価値の向上にならずとも、そこで培われていくコミュニティに経済価値が伴っていくので、持続可能な収益モデルの構築が可能となり、100年という長期的な視点での経営も現実味を増します。もちろん、一世代では実現ができませんが、地域を何とかしたいという想いで集まった住民主体の街づくりがその実現を担保しつつあります。時間をかけて熟成された豊かさの本質的価値が体感できる場が創られていきます。
7. AIと不動産、不動産に「人格」を持たせる試み
吉原さんは、AIと不動産の融合を通じて、江戸屋敷に人格を持たせるプロジェクトを進めています。具体的には、物件に人格を持たせるべく、社会的価値の評価方法をインプットしていき、それぞれの物件で性格化を図ります。これにより、物件が自律的に情報を発信し、入居者や地域の方々とのコミュニケーションを促進することを見据えています。人格を備えた物件が、入居者のニーズや地域のイベント情報を自動的に収集し、適切なタイミングで発信し、入居者と交流を図る。物件が地域の歴史や文化を紹介することで、住民のコミュニティ意識の向上に効果をもたらします。こんなことで、物件の「価値」を高め、長期的な収益性を確保しようという試みをされています。
8.最後に 「共感の仕組みづくり」を古い建物で実現させる
築100年経営を目指す吉原さんの取り組みは、九州中で広がりを見せています。新築物件とは異なる独自の価値を地域固有に生み出し、自走していく成功事例が出てきています。持続可能な不動産再生の取り組みは、建物のリノベーションには拠らずとも推進できること、むしろ、建物を介して地域の皆さんが自らの住み方を作り上げていくという仕組みづくりにこれからの時代の成功方程式を感じました。
最後に吉原さんが今後の抱負を述べられました。
『築100年を目指した築古ビルに、「共感の仕組み」を埋め込むことで、入居者・管理者・オーナーの気持ちに変化が起こり、「つながり」という価値感が生まれました。それが、時間をかけて経営をあと押しし、まちを元気にする建物に変り、賃貸が地域活性化の資源へ変りました。小さくてもひとつの不動産会社の挑戦で、入居者のすてきな暮らしを生み出し、地域の未来のための人材育成ができるという素晴らしい事業体験をさせて頂きました。
不動産事業は、まちに幸せを生み出せるクリエイティブで重要な、「未来のまちの担い手事業」になると信じて。今後も、社員や仲間たちと頑張りたいと思います。』
学びとともに多くの可能性を感じ、ワクワクさせていただきました。