空模様とともにこころのありかを見せてくれるセガンティーニの絵画
はじめに
はじめて出会ったのは高校生のとき。セガンティーニの描く世界は衝撃だった。生きるときどきに思い起こし彼の絵画はあたまから離れない。初見の絵で彼の絵画かもしれないと気づくことも。おいかけたテーマはいのちとこころのありか。そんな気がする。
きょうはそんな話。
友人と
高校生だった。自宅から遠くはなれた進学校に通うおとなしい生徒。ものおじせずに声をあげていた中学のころよりもこの高校ではまわりのなかで埋没してすごしていた。それでも類は友をよぶ。
芸術で美術を選択し、おいてきぼりになりがちな数学や物理とちがい、はっきりいってほっとする場。この時間はふだんのままですごせた。すなおに自分とむきあって絵を描いているうちに、美術の教師や同級生たちが「絵のすきなやつ」というしるしをわたしのひたいにつけたよう。
うってかわって部活。所属していた卓球部のとなりで練習していたのがバトミントン部。できたばかりで部員はすくない。となりどおしで練習する間柄。しぜんと帰りがいっしょになりなかよくなった。なかでもおとなしいA君とは上述の美術など共通の話題がありうちとけた。
午後から
ある土曜日。おたがいの部活は午前練習だった。ふとバト部のA君から声がかかる。「美術館に行こうよ。」とさそわれた。美術館はもしかしたらわたしのためにここにあるのかというぐらい身近なところにあった。歩いていけるもそんなにかからない。
この高校は丘のうえにあり、住宅地をさかいにむかいの丘にさまざまな公共施設があった。卓球部は同じ方向にある小山までかけのぼるのが毎週の「地獄の」トレーニングだった。その小山の尾根沿いの中腹に未来的なたてものの美術館があり、いつも横目でちらりとながめていた。
ようやくその美術館に行ける。小学3年の担任に声をかけられ絵に興味を示して以来、周囲から「美術のほうに進むの?」と声をかけられていた。美術に興味を示しているにもかかわらず足をはこばずじまい。だいじにとっておいた場所。もともとおいしいものを最後にたべるほう。
存在に気づいていながら何かあるときに、つぎのチャンスのときにとおしみつづけていた。そんな煮え切らないようすを知ってか知らずか、A君があっさりさそってくれた。セガンティーニの大きな展覧会(全国5か所の巡回展)。こんなに集まることはなかなかないという。
はじめて出会う画家
はずかしながらその画家をまったく知らなかった。彼はむかう道でセガンティーニをすこし前に知ったこと。その絵が地元で見られることはとてもラッキーなことだとかろやかに話してくれた。
まえおきをしてくれたおかげで、すぐのちに目にすることになる絵への期待が高まった。
絵の示すもの
そこはたくさんのヒトであふれてれいた。ヒトの波に押されつつ最初の展示室に入ったとたん、ぱあっとまぶしさがひろがった。それが第一印象。絵そのものの放つあかるさ。
すでに美術の授業で美術史をひととおり習っていた。西洋の絵画の世界がさまがわりする時期の画家。象徴主義とよばれる画家のひとりだと案内にあった。19世紀後半に生きた彼の前半生の絵がならんでいた。ここまであざやかな世界を絵で見たことがなかった。点描のキャンバスの内側からひかりを発しているのかとみまがうほど。
そこはいずれも清浄な空気のしめるアルプスの中腹の世界。静寂すら感じられる。おそらく人声よりも周囲には牛や羊たちの鳴き声や鳥のさえずり、風のおと。人物は絵のなかで偶像のよう。そして天上の世界にちかいと感じられる。
明暗の世界
ところがある展示室にはいると一転。展示室はあかるいのだが、そこにある絵は先ほどの展示室の大きな油絵とはうってかわって黒を主体とした小品が多くなる。
近寄らないと描かれているものがなにか判別するのがむずかしいものすらある。何でこれをえがいたの?とA君と顔を見合わせた。後半生はどちらかというとこれらの暗い世界が主要なテーマ。
ひとつひとつ見ていきたいが数が多い。表現されているのは生と死。それに真正面からむきあっている。「へやにかざる絵とはちがう世界だね。」と小声でA君と。
先日ひさしぶりに図書館の大部の彼の画集をかりてゆっくり鑑賞。そのテーマは重い。彼はどう模索したのか。わかいときに身内につぎつぎに起きた死や貧困。それに翻弄され学ぶチャンスすらなく、読み書きができたのは30代になってからという。
おわりに
彼の生涯の絵のテーマ。それは永遠に画家たちのテーマのひとつでもある。しかしこれほどまで冷徹につきつめていく姿。
彼の前半生に多い明るい絵の見かたをあらためて帰り道に思った。あのつき抜けたようなあかるさのなかにある寂寞感。そういえば天上の世界は手にとどきそうなぐらい近くにあるかのよう。でも生きているうちには届かない。それほど空気が澄んでいる。ふとそう思った。
いまもって彼の世界観は絵をみるたびにいろいろな思いがあらわれる。その世界に誘ってくれたのはA君。顔がうかんでくる。
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