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そういえばながいことたくさんいるはずのいとこたちに会っていない


はじめに

 きのうのこどもからわたしのいとこのひとりが訪ねてきたらしいと知る。1時間ほどの入れ違いで会えなかった。わたしには総勢30名のいとこがいる。なかでも彼女は長いあいだおなじ社宅のアパートの3階と1階に住んでいた。いわば幼なじみのひとり。祖母の葬儀以降、かれこれ20年ほど会っていない。

よく考えるとほかのいとこたちもほぼ同様。ご無沙汰しているまま。

きょうはそんな話。

おとなになってから

 父母はいずれも兄弟姉妹が多い。それでいとこの数は30人。きっと少ないほうではない。とくに離れくらしているため、つきあいのそれほどでない母方のほうに多い。そのためなかにはいまだ出会ったことのないヒトも。冠婚葬祭の際に叔父叔母に出会う機会はあっても現役世代がほとんどのいとこたちに出会う機会はすくない。

昨今の状況が3年あまり。そのまえからごぶさたしたまま。何人かのいとことは年賀状のやりとりをしていた時期があったが、腱鞘炎を患い文字を書かなくなりとだえた。血のつながるこうしたヒトビトに出会うチャンスはこちらが自営業をはじめたのがきっかけになってより疎なものに。

会えていたころ

 むかしは親の世代どうしはなにかと出会い、そのたびに数人のいとこと年に何度か会えていた。最初はぎこちないがそのうち打ち解けて仲よく遊びはじめる。

そんなとなり近所の遊び仲間ともすこしちがう、それでいてまちがいなく血のつながりのある関係。親子ほどでなく、かといって近所の子たちともちがう。出会うたびに打ち解けてその日の帰りには別れがいたい感じ。

親が老いておたがいに社会人になり、出会う機会は極端に減った。おたがいに冠婚葬祭の際にひと言三言ずつかわす程度に。むかしのように遊びなかまとして彼や彼女をみつけるのはなかなかむずかしい。

兄妹のように

 本記事の最初にあげたいとこ(従妹)とはわたしと10歳もはなれていない。おなじ社宅の3階と1階。赤ん坊のころからそれこそ兄妹のようにめんどうをみた。いつともなくおなじ社宅の3階のわたしのうちに来ては母の漬ける梅干しをひとつ口にふくんで帰る。

わたしが生まれ故郷をはなれ社会人になり帰省したころ、ようやく中学生で1人前に大きくなったのを見とどけわたしはとおくの大学へ進学。それ以降はほぼ会わずじまい。そのうち看護師になったとたよりがとどく。

彼女の弟が病気で入院したときのスタッフの姿に感銘を受けて選んだ職とのこと。結婚式にはなんとか出席できてとんぼ帰りしたのをおぼえている。それ以降は1度か2度会ったきり。そして今回も空振り。

おわりに

 しごとのスタッフとちがい、むかしのヒトビトには会う機会がない。ヒトビトの交流はこちらが設定する番だっただろうにいつのまにか時は過ぎ、チャンスを逸してしまったまま。


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ヒトとヒトのあいだ。なんで「人間」と書くのだろう。つきあう範囲は限定された広くない空間だけれど意外なつながりも。ふりかえるとふしぎな出会い…

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