長野には、パリの街角がある
まさか、と思うけど本当だ。
長野には、パリの街角がある。
荘厳な雰囲気の善光寺を背に左に下っていくと、それは現れる。
気持ちの良いオープンカフェ。ガラス越しに見える景色がフランス映画のワンシーンのようで、昨年10月のオープン当初から気になっていた。しかし仕事でイベントが立て続けに入っていたこともあり、なかなか足が向かなかった。里帰り出産を控えていたので「子供が生まれて少し落ち着いたら行けるかな?」となんとなく頭のすみっこに置いておいた。
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ところが、2020年1月。ちょうど出産を終えた頃、新型コロナウイルスの登場で世の中は思いもしない状況になっていた。目に見えず全容もわからないウイルスは恐怖でしかない。ましてや生まれたばかりの子がいるので、県内で感染者が出る度に緊張感が高まった。
毎週のように県外に出ていた二年前と比べると、もぞもぞするような時間が続いていた。なかなか外にでる雰囲気ではなくて、外出したとしても近所のスーパーやドラッグストアくらい。「仕方ない」と思うしかなかった。
ようやく5月中旬から自粛要請が解除されて、少しずつ街に足を運びやすくなってきた。そんな中でふと頭をよぎったのが、冒頭の「CAFÉ LE GARÇON」だ。家から歩いて30分。うん、運動不足の体にちょうどいい距離間だな。
そうだ、カフェにいこう。
タイル張りの床に、曲線が美しいカウンター。栗毛のパリジェンヌがフランスパンを小脇に抱えて歩いていてもおかしくないし、ジャン・レノが店先の席に座りエスプレッソを煽っていてもびっくりしない。軽快なアコーディオンの音色だって聴こえてきそう。
BGMのジャズはレコードプレイヤーで掛けているようだ。開け放たれたガラス戸のおかげだろうか、コンパクトな店内だけど全く窮屈さ感じない。上を見上げると吹き抜けになっている。奥にあるらせん階段から上れるのだろう。昼間からお酒も飲めるようで、カウンターに座る女性はワイングラスを傾けている。目も耳も心地がよい空間に心が踊った。
角のテーブル席に座る男性がこちらに気づくと「どうぞどうぞ」と席を譲ってくれた。
「彼にも小さな子供がいてね、君の先輩お父さんってカンジだ」と店主が教えてくれる。先程の男性は常連さんのようだ。
「今、フードのメニューを絞っていますけど、あるもので何かしらつくることもできますからね。例えば…」
メニューを差し出すと、店主は落ち着いたトーンで話しはじめた。どことなくフランス語のように流れる口調だ。スマートに提案しながらも、気さくな雰囲気でとても気持ちがいい。きっとこの人に会いにこのお店に来るお客さんも多いんだろうなあとうなずいた。
夫とアイスコーヒーを頼み、店主に勧められたパンを食べた。ジャムとバターが添えられていて、コーヒーによく合った。
夕方ということもあり、10分おきに駅前行きのバスが通った。店の角スレスレを走り、その度にビリビリと店が揺れる。いつもなら「こんな狭い場所を走るなんて!」と悪態をつきたくなるのに、「本当にパリにいるみたいだね」と笑ってしまった。
思い切って外に出てみるもんだ。
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私たちは毎週のように「CAFÉ LE GARÇON」に足を運ぶようになった。ねんね中心だった息子は、いつの間にかおすわりができるようになり、今ではカウンターに向かって笑顔を振りまいている。
店主のやまさんはパリに住んでいたことがあり、白シャツを着こなすシャンとした立ち振舞いがかっこいい。そしてワッと声が出ちゃうほど絵が上手。
一緒に店頭に立つのは爽やかなブルーのエプロンを付けたせっちゃん。黒髪のベリーショートに大きな瞳が印象的でひと目見たら忘れないキュートさ。二人はお似合いの夫婦だ。
顔なじみのお客さん何人かと挨拶を交わすようにもなった。オープンからまもなく1年経つこの店は、すでに多くの人に愛されていることを知った。
そして、店をあとにする時は、決まって「いい日だったね」と夫と顔を見合わせる。
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あれやこれやと、悩みが尽きないなら
──カフェに行くことさ!
(ペーター・アルテンブルグ)
見つけるやいなや「まさに!」と手に取った『カフェから時代は創られる』。これから本書を読むにあたって、読書感想文ならぬ「読前表明文」として今回この記事を書くことにした。
「天才たちがカフェに集ったのではなく、カフェという場が天才を育てたのでは」という仮説のもと、20世紀前半のパリのカフェとそこに集まった芸術家を中心に分析し、カフェの持つ力を紐解いていくという本書。
コロナ禍の最中、鬱々とした気持ちを払拭してくれたのは、間違いなく「CAFÉ LE GARÇON」の存在だ。思い悩むことも多いけど、ううん、まずカフェに行こう!
奇しくも、やまさんは飯田さんとちょうど同じ時期にパリにいたのだという。通っていたカフェも同じだったけど出会わなかった二人。いつか交差してほしいな。