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ゲームは悪者?医師になった「ガチプレーヤー」が出した答え【時事ドットコム取材班】(2022年08月20日08時30分)
かつて1日の大半をゲームに費やし、全国1位プレーヤーになったこともある医師がいる。家庭医療の専門医で、eスポーツドクターとしても活動する阿部智史さん(35)だ。ゲームに没頭しすぎて大学受験に失敗し、高卒フリーターとしてファミレスや倉庫で働いていたころを「闇の時代」と振り返る。「ゲーマー医師」の人生には、どのような転機があったのだろうか。(時事ドットコム編集部 太田宇律)
出会いは幼稚園
東海大医学部付属病院(神奈川県伊勢原市)の総合内科で診療に携わる傍ら、同市内のクリニックで院長も務める阿部さん。メールで取材を申し込むと、「ぜひお話したい」と返信があり、2022年8月8日夜、オンラインインタビューが実現した。記者とはほぼ同世代で、少年時代にどんなソフトで遊んだか、さっそく思い出話に花が咲いた。
阿部さんがゲームと出会ったのは幼稚園児のころ。両親に買ってもらった家庭用ゲーム機の対戦型パズルゲーム「ぷよぷよ」に夢中になった。小学生になると、4人で対戦できるゲーム機で友だちと遊ぶことが増え、「負けた子は待っている子と交代するルールだったので、強くなりたいと自然に思うようになった」と話す。
中学生時代は「1日1時間まで」という言い付けを守れず、親にゲーム機器を隠されたこともあった。高校生になっても級友と毎日のように競い合い、ゲーム熱は高まるばかり。大学受験間際になっても勉強に本腰が入らず、志望していた有名大医学部はいずれも不合格だった。
「闇の時代」乗り越えたきっかけは…
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受験失敗からおよそ2年。睡眠時間を削り、1日12時間以上をゲームに費やす「闇の時代」が続いていたある日、アルバイト先のファミレス店長から「そろそろ正社員にならないか」と誘われた。当時、大会で優勝するほど熱中していたオンライン対戦ゲームもサービスを終了してしまい、「ずっと目を背けていた問題に目を向けざるを得なくなった」という阿部さん。インターネット掲示板「2ちゃんねる」(当時)で、先延ばしにしてきた進路の悩みを打ち明けると、こんな返信があった。「君はまだ若いんだから、なんでもできるよ」
阿部さんがよくアクセスしていたのは、2ちゃんねるの中でも、無職やフリーターだったり、「自分はだめだ」と感じていたりする人が集まる掲示板だ。「なんでもできる」と返信をくれた人は「就職氷河期」世代で、リストラされたばかりだと書き込んでいた。
同じように人生に悩む人からの励ましが阿部さんを変えた。ゲームの時間を全て勉強に充てることを決心し、どの科目をどれだけ勉強したか、定期的に2ちゃんねるで報告することに。「どうせ無理だ」と、からかう投稿も多かったが、何人かは「よく続けてるな」「大丈夫だ」と応援してくれた。目標が定まると、ゲームをしたい気持ちは不思議と抑えることができた。
匿名の応援に背中を押され、2009年、東海大医学部に合格。在学中は再開したゲームと勉強を必死で両立させ、複数のソーシャルゲームで個人ランキング全国1位、2位という結果を残しながら好成績を維持した。「ゲームが『悪者』なのではなく、やるべきことを放棄してしまうのが問題。ゲームを悪者にしていたのは、のめり込んでいる自分自身だった」。医師国家試験に無事合格したのも、ゲームイベントで準決勝に進出した2カ月後のことだったという。
ゲーマー医師として
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念願の医師になり、17年に同県大磯町で開かれた国際マラソン大会では、ゴール直後に倒れて心肺停止状態に陥った男性を救命するなど、実績を重ねていった。eスポーツ大会で急病人対応や選手の健康チェックなどを担った際、「ゲーム知識を持つ医師の需要がある」と感じ、21年4月、医師仲間と一般社団法人「Dr.GAMES」を設立。eスポーツ選手の健康管理、ゲーム依存を防ぐための出前授業などを行う団体といい、阿部さんは「大好きなゲームを『悪者』にしてしまわないよう、自分の経験を生かして活動していきたい」と話す。
ゲーマーとしての知識や経験は、思いがけないほど医療に生かせているという。ストレスから腹痛を訴える子どもの心をほぐしたり、家に引きこもってゲームに逃避していた人の心の問題を読み解いたり。「ゲームという共通の話題があると、多くの患者さんに心を開いてもらえる」と語る。
子どものころにでゲームで遊んだ世代が親になり、子どもを持つようになりました。阿部さんには、親子の向き合い方についても伺いました。後半で取り上げています。
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