「夜のパン屋さん」が人気◆ホームレス支援、フードロス削減も【時事コム取材班】(2023年04月16日)
路上生活者に仕事を生み出し、フードロス削減にもつながるー。夕方、生活困窮者らが街のパン店を巡って売れ残った商品を買い取り、再販売する「夜のパン屋さん」をご存じでしょうか。自らはパンを焼かない、一風変わった取り組みは、街のパン店にも恩恵をもたらしているそうです。(時事ドットコム編集部 横山晃嗣)
あちこちのパンが一堂に
「こんばんは、どうぞいらっしゃいませ」「残りわずかとなっております」。2023年3月23日、JR田町駅(東京都港区)の駅前で営業する「夜のパン屋さん」を訪れた。街のパン店など7店から集められた食パンやあんパン、マフィンなどが、小雨の中、ビル軒下に置かれた机の上に並んでいる。
店頭で呼び込みや会計をしていたのは、ホームレス支援団体「ビッグイシュー日本」(大阪市)がアルバイトなどとして雇用した男女4人。レジ係と宣伝ツイートを担当していた30代女性は「体調を崩しフルタイムの仕事を辞めた。ショートタイムで働いているが、少し仕事を増やしたいと思っていたときに夜のパン屋さんの紹介を受けた。時間の融通が利くので働きやすい」と語る。
店は多くの客でにぎわっており、人気も上々のようだ。この日は店頭に並んだ約180個のパンのほとんどが売れていた。30代の女性客は、閉店時間が早くて普段は買いに行けないというお気に入りのパン店の商品が詰まったセットを購入。「パンが好きで店を回っているのですが、ここではいろいろな店のパンが一度に買えます」と笑顔を見せた。
必ず誰かの胃袋に届けます
夜のパン屋さんを立ち上げたのは、ビッグイシュー関連団体の共同代表で、料理研究家の枝元なほみさんだ。アイデアの基になったのは、北海道で7店舗を展開するパン店「満寿屋商店」(帯広市)。そこでは各店舗の売れ残りを本店に集め、夜に再販売していた。
「パンを集めるには人手がいる。新しい仕事をつくれるし、パンも救うことができる。夕方以降、数時間だけパンを販売する仕事なら、長時間労働が難しい人たちにも、うってつけでは」。そう考えた枝元さんは20年春ごろ、準備を本格化。移動販売車を用意し、都内のパン店を一軒一軒回って提携先の開拓に奔走した。
当初は「安価で再販売されると、正規の値段で購入してくれるお客さんが減ってしまう」などと提携を敬遠されたという。「サラリーマンの営業担当の方々がどれだけ苦労しているのか、よく分かりました」と振り返った枝元さん。➀夜のパン屋さんで販売する価格を仕入れ先のパン店が設定できる➁夜のパン屋さんは、その価格の半額程度で売れ残りを買い取るーという仕組みを考案するなどし、20年10月16日の「世界食糧デー」に正式オープンさせた。
都内では田町駅前のほか、東京メトロ神楽坂駅前(新宿区)、飯田橋の駐車場(千代田区)で決まった曜日に店を開き、静岡県や京都府、三重県などの提携店からも冷凍されたパンが届く。22年12月にはビッグイシューさっぽろ(札幌市)が、市内で同様の取り組みを始めた。枝元さんは「引き取ったパンは捨てずに必ず誰かの胃袋に届けます」と力を込め、満寿屋商店の高浜千尋ブランドマネジャーは「原材料生産者やパン職人の思いを無駄にしないという考えが共通しており、取り組みをとてもうれしく思います」と話す。
脱野宿のきっかけに
都内の夜のパン屋さんの給料は、店頭での接客が時給1080円、提携店からのパンの運搬が1日1店舗当たり1500円だ。元ホームレスや、先に紹介したような、フルタイムで働くことが難しい人など男女約10人がスタッフとして働いている。
スタッフの一人、島田肇さん(53)は元ホームレス。かつてマンション建設現場などを転々としながら働いていたが、体がついていかなくなり、公園や河川敷で野宿をするようになった。現在は生活保護を受けながら、朝から昼すぎまで、地下鉄駅前でビッグイシューを販売、夕方から夜のパン屋さんで働き、アパートで暮らしている。「ビッグイシューの販売は一人での行動が多いですが、夜のパン屋さんでは、ほかのスタッフやいろいろなお客さまとの絆ができました」と語る。