幸せの相対性理論
教室まで同伴したとはいえ、昨日は久々に軽やかな雰囲気で朝から5時間目終了まで学校で過ごした次女。
その前日は、学校まで10分足らずの道のりを、1時間20分かけた感じだったので、本当に夢のよう!
もちろん波があるものなので、これで肩の荷を下ろしたつもりはありませんが……無事に送り届けて戻った我が家のベランダで、お日様の光を浴びながら深呼吸しました。
その気持ちよさといったら!
対比から見える幸せ
そこで思い出したのが、先日読んだぱやぱやくんの本。
先日の投稿でもチラリとご紹介しました!
元陸上自衛官だった著者の経験や学びの中から、生きていくうえで役に立つあれこれを広い範囲にわたって綴った一冊ですが、その中に、こんなことが書かれています。
まさに。
子どもが勝手にズンズン学校に行ってくれているときは、
「仕事億劫だなぁ」
「あれもこれも、なかなか終わらないなぁ」
「え、もうこんな時間。帰ってきちゃうじゃん」
「帰ってきて宿題付き合うの面倒……」
なんておもっていたけれど、
行かない状況に悩む中、泣き顔を見ることもなくすんなり出発してくれた昨日は
「一つタスクが片付いた!うれしい!」
「●時間も思い通りに過ごせるなんて恵まれてる!」
「お迎えじゃなくて下校班で帰ってくるなんて、すごい!&ラクチン!」
って思えちゃうんですよね。
心配事を一旦手放して、ただ朝日に向かって深呼吸できることすら、「最高!」って思える。
結局、幸せっていうのは、「対比の中で感じる感情」に過ぎず、コントラストが大きいことで気づけるものなんだ、って。
いま「幸せ不感症」なら
もしいまあなたが、「本当の幸せ探し」をしているのだとしたら、それってむしろ、既に、意外と、かなり、幸せな状態って言うことの裏返しなのかも。
そのことに一度気付いておくだけでも、世界の見え方や「幸せ」への手の伸ばし方は、ガラリと変わるんじゃないかしら!