自分の身体を愛おしく思いたい
幼い時、私が風邪をひくと母は不機嫌になった。
女は、子どもが具合が悪いだの学校行事だの
すぐ休む。全部私が肩代わりすることになる。
日々そう言って愚痴る母は、
自分の母親と祖母とも暮らしており、
家事を何かするでもなく、
学校行事にも来なかった。
朝も出社ギリギリまで寝ていて顔を合わせることもなかった。
小学校、中学校、高校と
兄も私も無遅刻無欠席無早退だった。
学校がある時に風邪は引かないようになっていた。
あるいは熱はあっただろうが
休ませてもらえないという諦めから、体調を
隠して無理して過ごしていたのかもしれない。
自分の身体に不調が出た時に、
それを自分で自覚して労って体を休ませることに
私は罪悪感がある。
グダグダして会社をサボることに
異様に罪悪感が沸き起こるし
怒られないだろうかとビクビクする。
そんな気持ちを持ってしまう大人の自分を
辛かったね、しんどかったね、
そうするしかなかったもんね、
と労ってあげたい。
大人の自分が、
具合の悪さを隠していただろう幼い頃の自分に、
ゆっくり休んでいいんだよ、
辛いって言っていいんだよ、
と優しく声をかけてあげたい。
身体が不調の時、
誰だってゆっくり休んで静養して良いはずだ。
そのことに後ろめたさなど考える必要はない。
仕事も家庭もお陰様だ。
ましてやコロナ禍を経験しウイルスの脅威が
いつ誰にでもやってくることは周知の事実だ。
誰に怒られることでも責められることでもない。
ゆっくり身体を休めて
しばし自分の回復のことだけ考えて
横になって家族に甘えたら良い。
しかし幼いながらに、私も兄も、
よくやったもんだと思う。
今思えば曾祖母は風邪の時優しくしてくれた。
みかんの缶詰と桃の缶詰を見ると
祖父を思い出す。
風邪にはねぎ味噌だと祖母も作ってくれた。
一度父がいちごのヨーグルトを食べさせてくれたこともあったっけ。
生理痛でもがいている私に朝まで付き添ってくれた兄のことも思い出す。
夫は私が、病気になるととても優しくしてくれる。家のことも子どものこともしっかりやってくれる。ゆっくり休んで無理をせず早く良くなるように祈ってくれる。
母親は毒母だったが
他の家族に労ってもらった記憶もたくさんある。
私も、私の身体を誰よりも1番に労って
愛していこうと思う。