J-FIC Webinar「『森林を活かす自治体戦略』の著者と考える 市町村森林行政のこれから」全記録
ここに掲載するのは、『森林を活かす自治体戦略』(2021年3月刊)の重版にあわせて2021年11月8日に開催したWebinar(WEBセミナー)の全記録です。同書の著者4名とゲストスピーカー2名が「市町村森林行政のこれから」をテーマに約1時間30分にわたって討論を行いました。同書では伝えきれなかった刊行までの経緯や背景、原稿執筆時の裏事情、そして今後に向けた課題や展望について、オンライン会議ツール「Zoom」を使って6名が率直に意見を交わしました。(掲載にあたり、各氏の全発言をテキスト(文書)化した上で、加筆・修正など所要の編集作業を行いました。)
第1部 著者が語る-『森林を活かす自治体戦略』の読みどころや調査の裏話-
柿澤
皆様こんばんは、『森林を活かす自治体戦略」の編著をさせていただきました柿澤と申します。よろしくお願いいたします。ここからの第1部は本の紹介と、各著者からのメッセージについてお話をさせていただきます。まず私の方から本の紹介をさせていただきます。
柿澤宏昭/『森林を活かす自治体戦略』編著者、北海道大学教授
横浜市出身、北海道大学大学院農学研究科修士課程修了、博士(農学)。北海道大学農学部助手・助教授を経て現職。生態系保全を基礎とした森林管理を支える社会・制度のあり方や、地域の再生と森林の再生をどのように統合して追い求めていくかについて研究している。著書に『日本の森林管理政策の展開』、『欧米諸国の森林管理政策』、『保持林業』など。
既にもうこの本を読んでいただいている方が多いと思いますので、簡単にお話します。この本の「まえがき」にも書きましたけれども、分権化のもとで地域の再生が求められています。その中でこの本をつくったわけですが、分権化などの前提条件に関しては議論をしないことにしました。分権化で市町村にいろんな形で業務が降ろされてくるやり方に関しては、市町村自身も含めていろいろと問題があるという議論があります。
しかし、その議論には手をつけず、まず市町村森林行政をこれからどうするんだ、今の状況に対応しなければいけない、様々な課題に対応しなければいけない。そのあり方を考える素材を提供したいということで、この本をつくりました。
この本では、市町村森林行政の最前線を捉えるために、基本的にはいろいろな規模、いろいろな性格の市町村の多様な分野の展開をできるだけカバーをするようにしました。また、政策の内容だけではなくて、その政策のプロセスとか、それを担う人材を支える仕組みについてもカバーをするということを心がけました。最前線の取り組みを学びながら市町村森林行政を進めるきっかけにしていただけるような意図で本を出しました。
お読みいただければわかると思いますが、全体の総論とともに、34市町村の取り組み、あるいは都道府県による支援について、事例をもとにして議論をしてきました。実はこれ以外にもたくさん調査しているんですけれども、紙幅の関係で34市町村に絞って紹介をさせていただきました。
ただ、内容は古くなりつつある、と言うとこの本を宣伝する上ではあまりよくないのかもしれませんが、コロナ等の影響があり、調査終了から1年ちょっとのタイムラグがあって本が出ました。実は、調査後の1、2年の間にも、この本に取り上げた市町村にはいろんな進展がありました。
逆に言うと、市町村森林行政は着実に進んでいて、常にいろんな形で新しい動きが出てきています。いつ出してもすぐに古くなってくることは、こういうものにつきまとう宿命なんですけれども、この本をガイドとしながら、様々な最前線の事例に目配りをしながら今後の市町村森林行政を考えるきっかけにしていただければと思っています。
それではここから著者の方々に、この本の読みどころとか、それぞれ伝えたいことをお話いただきます。最初に石崎さんからお願いします。
石崎涼子からのメッセージ「多種多様な市町村の全国的な見取り図を示したい」
石崎
森林総合研究所(森林総研)の石崎と申します。今日はよろしくお願いいたします。
石崎涼子/森林研究・整備機構森林総合研究所林業経営・政策研究領域チーム長
北海道出身。市民憩いの山の麓、広葉樹の森の隣で育つ。山一面を 覆うスギ林を初めてみたのは20歳過ぎ。1本1本植えて育てた人々の熱意に感動。大学卒業後、森林総合研究所で、森林管理に関わる人や組織、制度、仕組みに関する研究に従事。無理のない仕組みについて考えている。人も文化も様々でおもしろい。主な共著に『森林未来会議』、『都市と森林』、『水と森の財政学』など。日本国内とドイツ等における森林管理に関わる 人や制度、仕組みに関する研究を担当。現在、市町村の森林行政における業務実態と体制整備に関する研究プロジェクト(2020- 2021年度)等に携わる。
この本は、柿澤さんを代表とする4名で、2016年度から18年度までの3年間をかけて行った共同プロジェクトの調査の成果をまとめたものです。
私自身は、その10年ぐらい前から市町村森林行政に関する調査をしてきています。ちょうど「平成の大合併」と言われた大規模な市町村合併があった直後ぐらいから、市町村森林行政がどう変わったのか、合併したところと合併しないところの影響を調査する事業のメンバーの一員として、市町村森林行政について調査をさせていただきました。
これは全く私事になりますが、ちょうどこの調査に携わった頃は、次男の出産があった時期で、本当はもっと全国各地を回りたかったのですが、タイミング的にそんな状況ではありませんでした。それでもいろんな方にいろいろとご協力いただきながら、数としては限られた事例ですけれども、調査させていただきました。
また、同時期に、森林総研の予算で、全国の市町村担当者に対するアンケート調査もしています。そんなこともあったので、この4名で行うプロジェクトでは、是非その時の分も歩き回ろうと非常に楽しみに参加したのですが、実はこの3年間はドイツの在外研究をする機会をいただいたり、ドイツから戻ってきたら違う部署に異動になったりとか、諸般の事情でなかなか思うように皆さんと一緒に調査に回ることができなかったのがちょっと残念な思い出でした。この本も34事例がある中で、私自身が担当させていただいたのは2事例で、本当に心苦しく思っています。
その心苦しさもあってというわけでもないのですが、昨年度(2020年度)から研究職に復帰したのを機に、森林総研のプロジェクトとして、2年間にわたる市町村の実態に関する調査をやらせていただいて、その後も市町村森林行政に関する調査を続けています。
そんなことで、この本の事例編ではあまり活躍できなかったんですが、その代わり総論では、数字的な部分で、森林行政を全国的に見るような第2章を執筆させていただきました。この後お話いただく鈴木さんや中村さんが関わっていたような事例などをはじめとして、市町村というのは非常に多様です。ものすごくいろんなパターンの自治体がある中で、豊田市さんなどは、おそらく日本一と言ってもいいぐらいの人材の充実度だと思っています。
そうした自治体がある一方で、鈴木さんの前職であった北海道の標津町などのように、人数としては規模が小さい、担当者が1名や2名という自治体が圧倒的多数だと思います。ゼロという市町村もかなりあるのが実態です。そうした中で、全体像を見ながら、あの事例やこの事例はどういう位置にあるのかという見取り図のような感じで第2章をご利用いただければと思っています。
柿澤
それでは相川さんお願いします。
相川高信からのメッセージ「完全な成功事例はないが無数の参照事例はある」
相川
こんばんは、相川です。今日お集まりの方々で初めての方もいらっしゃいますけども、お名前を存じ上げている方々も何人かいらっしゃいまして、今日は楽しみにしてまいりました。
相川高信/森林政策アントレプレナー
京都大学にて森林生態学を専攻後、民間シンクタンクにて、森林・林業分野の調査・コンサルティングに幅広く従事。特に、森林施業プランナー、森林総合監理士の研修・資格制度の構築・運営に関わる。2015年より「フォレスター・ギャザリング」を立ち上げ、運営メンバー。現在は公益財団法人にて、バイオエネルギーの政策研究を行う傍ら、全国の林業仲間との交流を続け、新たなレイヤーでの制度を探求している。2016年、人材育成をテーマに、北海道大学大学院農学研究院より博士号を取得。著書に『先進国型林業の法則を探る』など。
この本に関しては、ちょうど私も職場をかわったりした時期であり、なかなか思うように調査に行けなかったことなどを思い出しました。その中でも限られた機会ではありましたが、皆さんにお話をお伺いすることができて非常に楽しかったなと思っています。
この2年近くコロナ禍で移動が制限されていたため、先週、久しぶりに長野県のある自治体を訪問することができました。やっぱり研究者としては、現場での声を聞いていくことが大事だなと思った次第です。また皆さんのところにも伺いたいと思います。
それでは、この本の紹介をします。3点ほどあります。
1点目は、ご覧になっておわかりのように、いろんな切り口でいろんな事例が載っています。
2点目は、いきなり裏を返すような話ですが、あまり親切な本ではないと私は思っています。よくありがちなハウツーもの、こうすれば自治体林政は復活するみたいな本ではなく、魔法の杖がありますよといったことは、残念ながらと言うべきか、「そういうものはない」というスタンスで書いてます。
常々思っているのですが、完全な成功事例というのは、今のところはないと思います。ある種、無数の参照事例がある。皆さんにとって、それぞれの地域にとっての参照事例があるというだけだと思います。
そういう意味では、今日お集まりの方々も含めて、個人のレベルでこういう新しい知識なりを得た上で、どういうふうに組織や自治体、地域のコミュニティの中で、スケールアップしていくのか、もしくは相互作用があるのかが、大きな問いになってくると思っています。
3点目になりますが、冒頭、柿澤先生がおっしゃいましたように、この本は実は古いんです。例えば、今日お集まりの方々の中には森林環境譲与税に関心のある方が多いと思いますが、タイミングの綾もあって、そういった話はほとんど載っていません。ただ、ときによって最新トピックスといったテーマは移り変わっていくところがありますが、根底にある課題は変わらないと思います。
その1つは、市町村の森林行政体制の問題だったりするわけです。そこをどういうふうにブレークスルーしていくかについては、長い目で考えていきたいと思い、皆さんとまた議論していく必要があると思っています。
ただ1点だけ、2010年代の後半に書かれたこの本で大きな意味があると思うのは、早尻さんが書かれた福島県に関する記述です。これはこの時期でないと、多分2012年とか13年ぐらいの非常に混乱してるときでは書くのが難しかったんじゃないかなと思っています。非常に資料的な価値も高く、しかも密度の濃い記述になっています。
その後、最近ですとバイオマスエネルギーやゼロカーボンといった新しいテーマが出てきていますので、それをネタにまた皆さんと議論をしながら理解を深めていきたいと思っています。
柿澤
それでは早尻さんお願いします。
早尻正宏からのメッセージ「林務職員と森林組合の存在に注目して現場を訪ねてきた」
早尻
こんばんは。北海学園大学の早尻と申します。先ほど相川さんからもお話がありましたが、私はこのプロジェクトが始まったときに、ちょうど今の大学に異動してきました。だから暇だったのかどうかはわかりませんが、一番ウロウロと歩いてきたのかなと思います。
早尻正宏/北海学園大学経済学部准教授
広島県出身。博士(農学)。山形大学農学部助教・准教授を経て現職。著書に『 福島に農林漁業をとり戻す』、『地域の再生と多元的経済:イギリスのサードセクターと社会的企業に学ぶ』(いずれも編著)など。
結果的に、大規模市、小規模市町村、原発被災地など10事例を書く機会を得ました。他の方に比べて私はちょっと細かすぎるかなと思うようなことも書いております。年月が経ち色褪せた事例もありますが、なかには今の状況にも繋がる事例もあるかなと思っています。
この本を書くにあたって気を配ってきたことが2点あります。
1つは、プライバシーに関わるような話かもしれませんが、林務職員の方の経歴についてもよく聞いて、どういう人が実際に現場を動かしてるのかをみてきました。これは詳しく書けたのかなと思います。
もう1つ、私は森林組合の存在に注目して、自治体調査の際は、必ずその地の森林組合も訪ねました。そして、私有林、市町村有林の営林の主要な担い手といってよい森林組合がどういう状況にあるのかを考えてきました。
分析的で恐縮ですが、見ていただきたいものがあります(上の図参照)。
この図の右の部分、グレーの部分が私が調べてきたところです。括弧部分は、この本には書いていないですけれども、柿澤先生などと一緒に伺ったところです。
黄色い太字の部分は、林業の専門職員が配置されているか(いたところ)を示しています。
薄いグレーで示した鳥取県智頭町とか福島県古殿町とかは、専門職員はおりますが、県や国からの出向者で継続的に確保しているところです。
市町村の担当者や森林組合の方には言わずもがなだと思いますが、1市町村に1組合のパターンと、1市町村に複数の組合があるパターンがあり、多分、最も多いのが1組合が複数の市町村を抱えているケースで、これが主流になるかと思います。もちろん、重なるところもあるので、それは矢印で結んであります。
例えば、「地区組合タイプ」の中でもいろいろな事例があって、この後にお話する鈴木さんが昔おられた標津町は役場内組合です。役場職員が組合職員を兼務しているものです。大分県の豊後高田市は、市長が組合長を兼任するパターンであり、このようなケースは大分県内のほかの市町村にもあります。
「複数組合タイプ」は、市町村合併の結果、生じたところです。こちらは結構あります。
やはり一番多いのは「広域組合タイプ」です。総じてこのパターンは、市町村にとって森林組合はあまり頼れず、「自分たちでやるしかない」という状況になっていると思います。
若干、試論的に整理してみましたが、市町村林政の在り方を考えるときに、政策に誰がどう対応するのか、それは継続的なのか、独自性があるのか、機動的なのか、実効性があるのか、といった軸があるかと思います(上の図参照)。
この図に当てはめると、例えば「地区組合タイプ」は、それらの要件をすべて満たしているように見えるわけですが、中には自治体と森林組合が妙にくっついてしまう場合もあるので、「(自治体と森林組合の両者の)自立性の面ではどうだろうか?」といった疑問も生じます。
森林組合が力を持ち、それが地域の林業を主導するケースでは、「市町村林政の独自性とは何?」ということになります。
一番最後の自治体主導のパターンは、先進事例としては面白いのですが、どちらかといえば「スーパー公務員」というべき方が森林行政を担っています。「スーパー公務員」が専門職として配置されていればよいのですが、そうではない場合は継続性の面で少々怪しいかなと思います。こうした考えをもって調査を続けて、この本を執筆しました。
柿澤宏昭からのメッセージ「どんなところでもやる気があれば道を切り開いていける」
柿澤
どうもありがとうございました。
それでは最後に、私の方から若干お話をしたいと思います。私がいろんな調査や編集をしながら感じたことを述べてみます。
この本で取り上げたところは、全体として見れば優良事例と呼ばれるところに属すると思います。その中で感じるのは、現場の重要性です。やはり市町村は地域課題に即して施策をつくり、施策をつくったからには実際に現場で実行しなければ、その施策の意味がありません。
だから、ものすごく大きなビジョンや企みを持ちつつも、できることを具体的に形にしながら、それを政策として展開させるのが重要なのかなと思いました。
それからもう1つは、政策のバリエーションが増えて、2つの意味で進化しているのかなと思います。
私は河畔林の保全を行っている市町村をいくつか取り上げたんですが、実はこれは、鈴木さんが標津町で河畔林の保全域を森林整備計画に書き込むようなことをした結果、そこから道東地域一帯に同様の施策が広がっていきました。
ただその場合、全部真似するのではなくて、その地域地域でどのような形にすれば一番うまくいくのかを考えて、ソフトな手法をつくったり、あるいは実際に買い取って行ったり、あるいはもっと細やかに柔軟な形で保全域を設定したりと、様々な形で地域の政策を展開してきた事情があります。
あるいは、新たな主体を巻き込む手法で有名になった西粟倉村は、ベンチャー企業が入ることで自治体だけでは到底できない新しい政策展開をしてきています。それを学んで、他のところも地域に即したいろんな取り組みをしてきています。相互に学び合いながら進んできているということです。
もう1つは、地域の資源を有効に生かすということです。「市町村の体制は脆弱だ」と言われていますが、地域にはいろんな人材がいます。そういった人たちと一緒に協働することもありますし、先ほどお話したように、他の市町村や分野から学び協働することで、脆弱な体制を克服してきている面もあります。
最後にすごく楽観的に言えば、
「どんなところでも、やる気があれば、いろんな形でいろんな手法で、道を切り開いていくことができるんだ」
ということが、この本を通じて言いたかったし、いろんな地域に行って感じたことでした。
以上で、著者からの本書の見どころ紹介のコーナーを終わりにします。
第2部 鼎談-現場からの声-
柿澤
これからの約1時間は、私と豊田市の鈴木さん、岐阜県の中村さんとの3名による鼎談という形で進めさせていただきます。その後の30分は、4名の著者を含めて計6名で、クロストークによって第3部を進めるようにしたいと思います。
早速、鼎談に移ります。中村さんと鈴木さんに入っていただいて、お話を伺えればと思います。この本の感想や読んでみて思ったこと、あるいは第1部で4名の著者がお話したことを踏まえて、コメントをいただければと思います。まず、中村さんからお願いします。
中村幹広からのコメント「規模の必然性を認識する必要がある」
中村
岐阜県東濃農林事務所で林業課長をしています中村です。よろしくお願いします。
中村幹広/岐阜県東濃農林事務所林業課長
岐阜県入庁後、本庁林政部及び企画部、森林文化アカデミー、飛騨市役所(初代林業振興課長として出向)などを経て2021年より現職。効率的な木材生産体制の構築や林業先進国(ドイツ・オーストリア・スイス)との海外連携、産学官が連携するコンソーシアムの設立など、幅広い分野で様々なスタートアッププロジェクトに携わる。森林総合監理士(登録番号20140637)/岐阜県フォレスター協会理事兼事務局長。
本日の参加者には知った方も多いので、あんまり適当なことを言うと普段と違うじゃないかって言われそうですが、あくまでも個人の見解や意見ということで聞いていただければと思います。
読まれた方もいるかと思うのですが、『森林技術』にこの本の書評を書かせていただきました。限られた文字数だったので伝えたかったことを全部書けたわけではありませんが、まとめで市町村の政策は”百花繚乱”の時代ですよってことを書かせていただきました。
中村幹広さんの書評
急速な高齢化と人口減少で社会が縮小していく日本と同様、全国各地の林業地にも容易には解決できない問題が溢れかえっている。しかし、社会の成熟化は半ば強制的に地域の自治能力を高めており、新たな森林管理は未だ黎明期にあるとはいえ、今や政策のフロンティアは市町村にある。だからこそ、今後は地域の個性を創り出す森林を起点としたNbS(Nature-based Solutions:自然に基づく解決策)を示すことが、より一層強く希求されるようになるだろう。そうした意欲的で先駆的な自治体の取組を幅広く紹介するのが本書である。
本書は「総論」と「事例編」の2部構成で、総論ではこれまでの市町村森林政策を巡る展開過程が時系列で整理されているとともに、財政や人員という視点から、市町村森林行政の現状と課題の特徴を明らかにしている。事例編は大きく8項目に区分され、全国的にも優れた取組として約30市町村と4道県の実例が紹介されている。
平成の大合併により広大な森林管理を任された市林政の組織力を活かした厚みのある森林管理の仕組みづくりや、周辺自治体とは合併せず自らの意思で歩むことを決めた小規模市町村の小さくとも個性が輝くローカルな取組、市町村の宿命である専門人材の不足を補完する森林組合との関係性の強化、再生可能エネルギーの地産地消に向けた木質バイオマスの積極活用、施業コントロールによる森林や希少動物の保全、原子力災害が市町村林政に与えた負の現状、そしてこれら市町村を支援する道県の取組等々、今まさに地方自治体における林政は“個性”と“創造性”の百花繚乱である。
調査時よりさらに取組の進化した自治体が増えていることは想像に難くないが、コロナ禍がもたらした行動制約の反射によって人々の関心が森林へと向けられている今だからこそ、一読に値する一冊と言えるだろう。(岐阜県東濃農林事務所林業課長/中村幹広)
『森林技術』No.950(2021年6月号、日本森林技術協会発行)掲載
先ほど相川さんがお話されていましたけれども、いろんな取り組みがこの本には載っていますので、逆にどの政策・取り組みを参考にするのかを読者自身は試されているような本なのだろうと私は読んでいて思いました。
それぞれ参考になるところはありますが、やっぱりそれぞれの取り組みにはちょうど良い自治体の規模、人口、面積とかがあるわけで、そういった必然性があって、結果としてこの取り組みが行われているということを、よく皆さん認識していただく必要があるんじゃないのかな、と改めて思いました。
柿澤
もう少し規模の必然性のお話をいただけますか。
中村
私は都道府県の職員ですけれど、平成29年度から翌30年度に飛騨市役所に2年間出向していました。飛騨市の人口は2万4,000人ぐらいです。市の面積は隣の高山市に比べると小さいんですが、人口としては1万人を超えるようなそこそこ大きい自治体です。
市町村では、フットワークの軽さみたいなものが、県と比べたときに全く違ってくるんですね。それは良いところであり、悪いところでもありますが、市町村は人間関係やこれまでの慣習の中で、あるいは首長さんがやると決めたらすぐ動けます。そういった目や手の届く範囲で政策を打てます。
今、市民が困っていることとか、これから困りそうな目や手の届く範囲は丁寧にケアできます。ところが、都道府県行政ではそれが見えていてもなかなか直接手が出しづらい印象があります。私は、この書評を書いたときにはもう岐阜県庁に戻っていましたので、当時の市役所での仕事内容を振り返りながら、同じことが1つ2つ手間をかけなければできないなと、すごく実感しました。
柿澤
それでは続いて鈴木さんからお願いします。
鈴木春彦からのコメント「1,700ある市町村の多様性をうまく捉えている」
鈴木
豊田市の鈴木と申します。
鈴木春彦/豊田市森林総合監理士
豊田市森林総合監理士。北海道大学農学研究院修士課程(森林政策学)を修了後、北海道標津町林政担当を経て、2012年から愛知県豊田市の森林・林業専門職として勤務。主な著書に『市町村フォレスターの挑戦』(『森林未来会議― 森を活かす仕組みをつくる』所収)、主な論文に『市町村森林行政における施策形成・実施の体制と地域人材の役割』『市町村における森林行政の現状と今後の動向』など。
まず、この本の感想ですが、改めて目次を見ると、かなりよく練られている目次構成になってると思います。
先ほどもお話がありましたけれども、規模の大きな自治体と小さな自治体という対比の中で、この本ではどちらも扱っています。平成の市町村合併などを経て規模が大きくなった市町村と、合併せずに小さいままの市町村もあるという、今の市町村の規模の多様性を掴んだ区分けの仕方ですし、森林組合や県といった市町村と特に関係が深い2団体に注目した章を設けていることも、実態に即していると思います。
あとは木質バイオマスや市町村有林の活用など、今の時代性を感じる章もあってよく練られた構成の本だなぁと改めて感じました。
先ほどこの本をじっくり読み返してみたのですが、トップランナーの事例ばがりではなくて、やろうとしているけどうまくいっていない、苦慮している市町村も取り上げていて、玉石混交といいますか、レベル感が多様なものが入ってるという意味でも、今の1,700ある市町村の多様性をうまく捉えていると思います。
マニアックな話で言うと、北海道の池田町のところで、市町村有林の活用を軸とした取り組みから、そこでノウハウを蓄積して民有林政策へ展開している流れを紹介した上で、池田町の職員が「ドイツの統一森林管理署の森林官的な役割を果たしている」(192p)という表現があります。中欧ヨーロッパとさらっとリンクさせているところが興味深く、深読みしていくと面白いと感じました。
また、著者のバランスがとても良かったなあというのも読後感です。
社会学的に対象をシャープに掴む柿澤先生を筆頭にして、石崎さんは地方自治体論や都道府県や市町村を先駆的に研究されてきた方です。相川さんは対象を柔らかく掴むのが上手な方で、早尻さんは森林組合など現場密着型の研究をされてきた方です。このような個々のキャラクターが異なった方々が集まり、それぞれの視点で書いて1冊の本を紡いだということろもこの本の魅力になっているのではと感じました。
長くなりましたが、もう1点だけ。第2弾をぜひ出してほしいなと思います。
この本では、東日本の自治体が主に取り上げられていますが、西日本はどうなってるんだろうかと素朴に思います。西日本でも活発な市町村は一部あろうかと思います。また、1970年代から80年代に先進自治体と言われていた市町村の現在を調査してほしい。当時のトップランナーが今はどうなってるんだろうかと興味があります。うまくいってるのか、うまくいってないのか。うまくいってなかったらどういう理由でうまくいってないのか、というところを第2弾でやっていただくと、この本で取り上げられた自治体の30年後、50年後が見えてくるんじゃないか、そんなことも考えています。
市町村森林行政の体制整備と人づくりが急務
柿澤
ありがとうございました。ここからは皆さんご自身の経験を踏まえて、市町村森林行政の現状と今後についてお話を伺いたいと思います。
この本をつくっていく過程で、どこの自治体の方も言っていたのは、体制をつくるのがなかなか難しいということです。石崎さんが実施された全国のアンケート調査でも、市町村が独自の政策に取り組もうとしても、体制づくりが難しいという結果になってるところが多いようです。
例えば、鈴木さんは標津町という非常に小さな自治体と、豊田市という大きな体制が整った自治体の両方の経験がありますが、どんなふうに地域と向き合って、実務職員として成長されてきたのかお話いただけませんか。
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