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『未解決事件は終わらせないといけないから』『リーガルダンジョン』の良さと悪さを味わう

大作・話題作ラッシュに世間が沸いた1月下旬から2月上旬、ある作品が一部界隈で話題になっていました。

テキストアドベンチャー『未解決事件は終わらせないといけないから』です。Steamレビューは「圧倒的に好評」。筆者の周りでも絶賛する人が多かったため、筆者も流行りに乗ってプレイしました。

実は筆者はこれまでテキストアドベンチャーをあまりプレイしていませんでした。どんなゲームをやっていても、ゲームメカニクスへの興味が強く、ストーリーにあまり関心が向かないのです。
そんな筆者でも、『未解決事件は終わらせないといけないから』は最後まで楽しくプレイできました。何よりこの作品からは、ただ面白かったというだけでなく、作者の工夫や作家性を感じられる…クリア直後、すぐさま過去作の『リーガルダンジョン』も購入し、プレイしました。

『リーガルダンジョン』は筆者の受けた印象では、さらに作者の「味」が強く感じられる作品です。この作家性を深く味わうには、両作品の特徴、それも「良さ」も「悪さ」どちらも掘り下げて言語化したい。

と、いうわけでこの記事を書きました。

(この記事にはネタバレが含まれます。物語の核心が明らかになるほどではありませんが、今後プレイする予定があり一切のネタバレを避けたい方は、記事を読まないことをおすすめします)


リーガルダンジョンの良さ

『リーガルダンジョン』の最も優れた特徴は、表現しようとするテーマと、ゲームメカニクスの結びつきの強さだろう。作者が『リーガルダンジョン』において表現したかったテーマは以下のようなものだと思われる。

・警察(や、社会)は腐敗している
・制度や構造が腐敗を生んでおり、誰もが腐敗する
・腐敗の犠牲になるのは弱者である

このテーマ自体は、ありふれたものだ。このような主張をする人は多いし、フィクション作品に盛り込まれる例も多い。
しかし『リーガルダンジョン』は、ゲームメカニクスを通じてプレイヤーに体験させることで、このありふれたテーマに説得力を持たせている。

プレイヤーは、テキストを中心に構成された資料の中から、必要とされる意味(例えば「被疑者が被害者と会っていた証拠」)のフレーズを探す。この大量のテキストの中から「当たり」を探す作業が『リーガルダンジョン』の中心となるゲームプレイだが、「当たり」となるフレーズが複数隠されている設問があり、どのフレーズを提出するかには若干の自由がある。提出するフレーズによってシナリオが分岐し、辿り着くエンディングも変わる。

一方、『リーガルダンジョン』はあらゆる手を尽くしてプレイヤーを特定のシナリオに誘導しようとする。フレーズを複数示しつつもNPCが「正しい」フレーズを指定してきたり、得られる「報酬」に差があったり、誘導されていないフレーズが見つかりにくかったりする。プレイヤーは自然に、かつ自らの意思で、弱い市民を「敵」として狩る「ゲーム」をプレイすることになる。

このように、プレイヤーが自ら組織の腐敗に飲み込まれていくゲームプレイは、「社会の腐敗」を表現する上で目新しいし、効果も高い。

また、『リーガルダンジョン』が巧みなのは、テーマ・フィクション・メカニクスのすべてを自然に結びつけていることだ。何らかのテーマを表現しようとするゲーム作品の中には、フィクション(ストーリー)だけでテーマを語ろうとしたり、あるいは「ゲームを使ってこんな表現してみました!」感の強いものが見受けられる。

そのような作品が悪いとは言わないが、フィクションやメカニクスでプレイヤーを説得できなければ、不自然な、説教臭い印象を与えかねない。ところが『リーガルダンジョン』は、このフィクションにはこのメカニクスが相応しく、このメカニクスにはこのフィクションが相応しいと感じさせるような自然な結びつきをしているため、お互いがお互いの力を高め合い、プレイヤーを説得する力を強めている。

実際『リーガルダンジョン』の主要なメカニクスは国語の試験のようなもので、単体で見ればあまり面白くないし、『リーガルダンジョン』のストーリーもそれだけを切り出すと大したものではない。
しかし、メカニクス、フィクション、そしてゲーム全体のテーマが完璧にフィットしているため、面白く感じられるし、説得力も高い。これが『リーガルダンジョン』の最大の強みであり、「ゲームならではの表現」の成功例だとも言えるだろう。

リーガルダンジョンの悪さ

優れた作品である『リーガルダンジョン』の悪い点を挙げるとするなら、ゲームが過度に難しいことが挙げられる。

中盤以降、資料を読みフレーズを探すうえで推理が必要になるが、筆者からすると不必要に難しい、あるいは不親切なものが多いように感じられた。

複数のシナリオのうち、プレイヤーが誘導されるシナリオ以外のシナリオに辿り着く難度が高いことは、問題ではないだろう。集団の慣習や雰囲気に逆らって自分の信念を貫こうとしても、不快なことが増え、業務は困難になり、報酬も少ない。人生において、このような経験をした人ももしかしたら居るかもしれない。このことが再現されるのは『リーガルダンジョン』においては納得できる。
だからこそメインシナリオは、もっと簡単に進行できた方が望ましかった。

プレイしてみると、スムーズに進めるうちは良いものの、謎解きで詰まった途端「主要なメカニクスは国語の試験のようなもので、単体で見ればあまり面白くない」という事実が前面に出てくるように感じられる。

公平を期すために書くと、このゲームメカニクスは難易度調整がかなり難しい。単純に数字を上げ下げすればいいわけではない。もちろん「ここはこう変えてほしい」ポイントもあるのだが、UIを調整したり、リトライをもう少し容易にするなどの方法も検討すべきかもしれない。

いずれにせよ『リーガルダンジョン』が個人制作者による800円のインディーゲームであることも考慮すると、このような粗があるのは致し方なく、しばらく考えて分からなければ攻略サイトを見てしまうなど、プレイヤー側で楽しむ方法を見つける方が健全に思える。

翻訳によって取り除かれた意図

最後に『リーガルダンジョン』の日本語訳について触れておく。『リーガルダンジョン』は韓国で制作されており、テキストの原文は韓国語だ。

原文は韓国社会を舞台としたものだろうが、日本語版の『リーガルダンジョン』のテキストは人名などが日本風に改められており、日本が舞台のように読める。自然に読むことができるという観点で言えば、高いレベルの翻訳がされている。そのため筆者は当初「高品質な翻訳だ」と思った。

さて、このシーンを見てほしい。

このシーンは、年長かつベテランの部下である原田が、ある人物の肋骨が折れていることを見抜くシーンである。ここで原田は主人公(係長)に、高校時代の経験を語る。原田は、体罰が横行していた頃、肋骨を負傷した経験があり、そこからある人物の肋骨が折れていることに気付いたのだ。

日本では「PL学園野球部この世の地獄説」など、多くの人が自然に理解できる箇所だが、『リーガルダンジョン』が韓国の作品であることを知っていた筆者は「韓国でも野球部は過酷なのだろうか」と思い、さらに「もしかしたらこの話は野球部の話ではないのでは?」と考えた。原文を確認する必要がある。

3番目の文章を機械翻訳すると、以下のように読める。

二等兵の時でしたが、ああ、チーム長は軍隊に行ってないからよく分からないのか?

やはりこの話は「野球部」ではなく「兵役」の話だった。韓国には徴兵制度があり、原則としてすべての男性は一定期間、軍に入隊しなければならない。韓国の男性にとって軍生活は非常に大きな共通体験なのだろう。
つまり「ああ、チーム長は軍隊に行ってないからよく分からないのか?」という発言には、以下のような含みがある。

「女のお前には分からないだろうが」

この会話が登場する事件が、家庭内暴力(夫から妻への暴力)であることも加味すると、この部下の発言には作者の意図が感じられる。日本語訳は、この意図をほぼ完全にオミットしている。

ここの翻訳は悩ましい。単に文章を訳すだけでなく、徴兵制度を前提としなければ文章の意図が伝わらない。そのため、この箇所で作者の意図を残すには、人名も元の韓国風の名前にするなど、ゲーム全体の翻訳方針を改める必要がある。

冷静に振り返れば、原文を読んでないのに「高品質な翻訳だ」と判断できるはずがない。『リーガルダンジョン』の翻訳は優れているだろうか?この記事ではその判断をせず、原文を確認して明らかになった「味わい」を共有するにとどめたい。

未解決事件の良さ

『未解決事件は終わらせないといけないから』(以下『未解決事件』)は、端的に言えば「誤解を解くゲーム」である。もしテーマを見出すなら、以下のようになるだろう。

・人の話を丁寧に聞けば、誤解は解ける

「誤解を解く」とはどういうことか。『未解決事件』は、未解決となっている女児誘拐事件「犀華ちゃん行方不明事件」の真相を確かめるゲームだ。話の語り手である警官は退職済みで、当時の記憶が混濁している。
語り手は、徐々に会話の断片を思い出していくが、それが誰の発言か、いつの発言かは分からない。プレイヤーは断片を注意深く読むことによって、話者を特定し、順番をパズルのように並び替えることで、事件の真相を解き明かしていく。

『未解決事件』の楽しみの中心は、事件の真相が徐々に明らかになっていくことだが、それを補強するのがパズルの楽しさだ。

『リーガルダンジョン』と比較したとき『未解決事件』の難度はかなり低い。『リーガルダンジョン』では失敗したときのペナルティがそれなりにあったが『未解決事件』には一切のペナルティがないため、いい加減に並び替えていてもパズルが揃うことがあるし、実際に謎解きに詰まったら総当たりによる解決が許されている。

ストーリーに没入していなかったとしてもパズルを整列させるのは楽しいし、断片を正しい順序に並べたときのエフェクトも楽しさを強める。このパズルの楽しさが、事件の真相が明らかになっていく楽しさを後押しするのが『未解決事件』の魅力である。

また、パズルの整列によって物語を解き明かすというゲームプレイには、大きな特徴が2つある。まずプレイヤーによって、ストーリーを読む順番が変わる。プレイヤーには大量の話の断片が与えられ、断片を読むこと自体はできるが、断片が何を意味するのかは分かりにくい。プレイヤーは断片を正しい話者・順序に配置し、初めてストーリーを「読む」ことができる。

どの断片から並び替えを行うかはプレイヤーによって異なるので、ストーリーを読む順番、つまり事件のどの部分の真相が先に明らかになるかがプレイヤーによって異なる。

もう1つの特徴はさらに興味深い。パズルの並び替えによってストーリーが進行するということは、断片の数が多ければ多いほどパズルの難度が高く、ストーリーが中々進まないことになる。その状態からパズルが揃い始めフリーの断片の数が減ると、パズルの難度が下がり、パズルが解決に向かい、難度はさらに下がる。したがって、ストーリーは加速度的な勢いで進行する。

断片は序盤から中盤にかけて徐々に追加されていくので、ストーリーの勢い(パズルの簡単さ)は序盤は比較的速く、中盤にスローダウンし、峠を越えると加速が始まり、トップスピードの状態でエンディングに突入する。
パズルの整列というゲームメカニクスがストーリーの進行速度を決めている。ストーリーを読む順番はプレイヤーの自由だが、ストーリーの進行速度はプレイヤーに気づかれないうちに、メカニクスが掌握しているのだ。

この特徴は『未解決事件』の「読後感」を良くしている。『未解決事件』は800円のインディーゲームの中でもボリュームの少ない作品で、2~4時間程度で終わってしまう。この短さは、ゲームの終盤にストーリーがどんどん進行し、様々なことが一気に明らかになり、そのままゲームが終わることで、より強く感じられる。エンディングが巧みに作られていることもあり、非常に密度の高い体験をしたように感じられる。これが口コミやレビューにおける好評の一因になっている可能性は高い。

8番出口』のように、ボリュームの少ないゲームも強い印象を残せば問題はない。そして『未解決事件』もまた、プレイヤーに強い印象を残すことに成功しており、その背後にはストーリーの進行速度(≒時間当たりの密度)を制御できるゲームメカニクスがある。この手法がそのまま流用できる例は少ないだろうが、画期的な例であることも確かだろう。

未解決事件の悪さ

『未解決事件』のイマイチな点は、人物の心情描写の浅さである。

事件の真相が明らかになる「快」には、真相が明らかになる前の段階でプレイヤーが何らかの認識を持っている必要がある。パズルを整列させ、ストーリーを「読む」ことで、プレイヤーが持っていた認識が別の認識に切り替わり、その飛距離によって驚きや快が生まれる。

つまり、プレイヤーがパズルを整列させている最中に、事件や登場人物に対して何らかの先入観を抱かなければ、パズルを解決したときに十分なカタルシスを感じない。この点で言えば『未解決事件』の登場人物は、若干ありきたりに描写されている感は否めず、プレイヤーに人物像を想像させ、先入観を形成する力に欠けている。

『リーガルダンジョン』の多くの登場人物は『未解決事件』よりさらに淡白に描写されており、弱者はひたすら弱く、悪人はひたすら悪い。しかし『リーガルダンジョン』は人間を描くというより、人間が蔑ろにされる様子を描く作品であり、人物の平坦さは作品に悪影響を与えない。
一方、『未解決事件』は人間を描く必要のある作品なので、もう少し登場人物の内面にプレイヤーを引き込む描写が欲しかったように思える。

『未解決事件』をフルに楽しめるかどうかは、設定や導入部分がどれくらい「刺さる」か、より具体的に言えば、不安や苛立ちなどの胸のざわつきをどれくらい感じるかに影響されるし、その感じ方はプレイヤーに過度に依存している。感じる人は感じるし、感じない人は感じない。これが『未解決事件』の弱点である(ちなみに、この記事をここまで読んだ方は察しているかもしれないが、筆者は「鈍感」な方である)。

恐らく『リーガルダンジョン』『未解決事件』ともに人物像が平坦なのは、テキストを分割して扱うゲームメカニクスを持っているため、フレーズ・断片をある程度の短さに抑える必要があり、一般的なテキストアドベンチャーと比べ、深い記述がしづらいという事情があるのだろう。
メカニクスとフィクションを巧妙に結びつけるSomi氏の作風には、『リーガルダンジョン』のような作品の方が合っているのかもしれない。

まとめ

『リーガルダンジョン』『未解決事件は終わらせないといけないから』は、両作品ともにユニークなメカニクスとフィクションを組み合わせたテキストアドベンチャーで、注目すべき作品だ。

両作品を比較すると、『リーガルダンジョン』は明確なテーマを効果的に伝えており、テーマ・メカニクス・フィクションの高い水準での融合は美しさすら感じさせる反面、テーマは重苦しく、メカニクスも不親切なきらいがある。
『未解決事件は終わらせないといけないから』はテーマやメッセージより、プレイヤーの楽しませることを重視している作品で、間口の広い作品になっている代わり、『リーガルダンジョン』ほどの深みはない。

いずれにせよ、両作品はこの記事で触れた以外にも様々な観点で掘り下げることが可能だ。例えば、どちらの作品も原文・他言語と対照したい箇所がいくつかあるし、各地域での受け止められ方も気になる。
また、作者のSomi氏からは高い力量を感じられる。過去作、特に『リーガルダンジョン』と「三部作」を構成する『Replica』『The Wake: Mourning Father, Mourning Mother』もプレイすべきだろうし、次回作にも期待が持てる。

『リーガルダンジョン』『未解決事件は終わらせないといけないから』は、作品・作者ともにまだまだ研究のし甲斐がある。今後のブレイクが予感される今、Somiワールドに足を踏み入れることをおすすめしたい。

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