リトルヒトラーガール その1 愛国者学園物語 第234話
(2398字) 美鈴のテレビ出演はこれが初めてではない。かつて、勇ましい愛国少年の作文が流行したとき、それを取材していた美鈴は、あるニュースの特集で話したことがあった。またホライズンの動画サイトのコンテンツにも時々顔を出して話すこともあり、撮影に慣れてはいるつもりだった。討論会は初めてだが、ホライズンの仲間を相手にロールプレイを繰り返して、練習を積んだので、討論がいかなるものかはわかってはいる。
しかし、今回は勝手が違う。
討論の相手があの強矢悠里に、その師匠の吉沢友康なのだから、この討論が穏やかに終わるわけはない。
強矢は反日勢力に対する強硬な主張で有名だし、吉沢は口から生まれた男と言われるほど、良くも悪くも口が達者で、かつ、相手を恫喝(どうかつ)することにも長けている(たけている)。
美鈴はジェフの訓示を思い出した。「……ここが大きなポイントだ。私たちは、日本人至上主義がいかに素晴らしいように思えても、それが暴力的ならば、それを認めない。他者に暴力的に接し、他者への犯罪を支持し、正当防衛以外で実力を行使することは暴力だ。私たちは暴力的な言動に反対し、言論の自由と民主主義を守るためにホライズンに集まった……。そういう立場で、あいつらに立ち向かえばいい」
この言葉を聞いても、美鈴の心は完全に晴れなかったが、次に進む気にはなった……。
(そうだ、それが私の原点であり、根本思想なんだ。それを守るために私はジャーナリストをしている!)
美鈴の心が熱くなってきた。
やがてリハーサルの時間になり、美鈴と根津は司会者の内田と若い女性アシスタント、それに、強矢・吉沢組に会って挨拶を交わした。美鈴たちにとり、強矢悠里に直に会うのはこれが初めてだった。
思えば、自分たちの店の前に出現した愛国者学園。その1期生として有名になった彼女は今、中3だ。あのおかしな学校の出現からもう9年が経ったのだ!
美鈴は
リトルヒトラーガール
と称される強矢を見つめた。それはヒトラーが演説の名手だったからで、強矢も能弁らしいが、美鈴にはそう思えなかった。
近くで見ると、確かに強矢は美少女ではある。良く言えば凛々しい(りりしい)。アーチェリーをやっているせいか背筋がピンと伸びていて、その眼差しは力強い。よく言えば、エネルギーに溢れた(あふれた)感じのティーンエージャーである。
だが、やはり彼女は異様だと言わざるを得ないが、それは彼女の激しい気性のせいだ。彼女らが反日勢力と呼ぶ人々への態度や、愛国心を他人に押し付けようとする言動が「強すぎた」。それに美鈴が気になったのは、強矢のアゴだった。アゴがそっくり返っている、そう言えるくらい、そのアゴが空を向いているのだった。美鈴はそんな態度が気に食わなかった。まるでこちらを馬鹿にしているのか、アゴを突き出しているせいで、目線が上から見下ろすような感じなのだ。好戦的な愛国者学園を代表するような有名な若者であるからか、スタッフに対するその態度も尊大だった。女王様気取りの強矢悠里。その悪評の数々が本当であることを、美鈴は強矢の顔から感じ取った。
根津は美鈴を思いやり、「いつもの通りに、心配無用」とメモして、美鈴に突き出した。それを見た美鈴が微笑してうなずいたので、まず50点はゲット出来たと思った。この討論会における根津の役割は美鈴のサポートと、吉沢対策だった。吉沢と根津は、実は長年の友人だったのだ。だから、「あいつ」の戦い方はわかっている。あの拷問法案をめぐる騒動があるまでは。あの男の心根に変化がなければ、こちらの攻撃は有利になるだろう。根津は心の中でほくそ笑んだ。
時間が来た。派手な音楽と内田の明るい司会で「愛国砲弾」が始まり、それぞれが紹介された。
美鈴は「日本の保守派に嫌われる女性ランキングNo.1のジャーナリスト」
根津は「ジャパニーズCIAの元代表で、コールドアイズと呼ばれる血も涙もない男」
吉沢は「政界随一と言われる演説の名手にして、乱暴な言葉遣いをする国会議員」
そして強矢は「雄弁なので、演説上手なヒトラーをもじって、リトルヒトラーガールと呼ばれる少女。日本人至上主義者のアイドルであり、保守日本のスーパースター!」と持ち上げた。強矢はそれがお世辞だと思わず、顔を赤らめて喜んだ。
今日の討論のテーマも、視聴者に明らかにされた。今日のテーマは、このネット配信番組の名が「愛国砲弾」だから
「愛国心について」
だ。そしてルールは、お互いを美鈴さん、根津さん、強矢さん、吉沢さんと呼ぶこと、それに相手に敬語を使うことだった。乱暴な口調が多い吉沢は果たしてルールを守るだろうか?
「愛国心ってなんですか?」
美鈴が先に口を開いた。
強矢は思わず、
「馬鹿みたい」
と言った。
美鈴はそれを無視した。そんなことを言われたくらいで凹んでいるようでは、社会人として生きてゆけないからだ。それで、
「何について語るのか、それをはっきりさせたいんです。具体的に。馬鹿じゃありません」
と言った。
吉沢がニヤニヤ笑いながら、
「そんなことを言う奴には愛国心がない。あきれたもんだ」
すると、美鈴が同じように笑みを浮かべながら反撃した。
「私にも愛国心はあります。これから話しましょう」
と言ったら、
強矢が美鈴を馬鹿にして
「本当かしら」
と言った。
それで美鈴は彼女なりの持論を展開した。それは、美鈴は母国の日本が好き。民主主義の国であり、経済的に豊かで、美味しい物があり、治安が良いから、などと話し、強矢たちはそれを嘲笑った(あざわらった)。
「馬鹿みたい、私、日本が好き! そんなのが愛国心と言えますか!」
と強矢はそれをこき下ろしたが、誰も拍手をしてくれなかった。彼女の独演会、いや、愛国イベントでは、そういう格好良いセリフを彼女が決めると、聴衆から大きな拍手が湧くのだが、このスタジオには、味方がいないらしい。
(いや、吉沢先生は味方だわ)
続く
これは小説です。