ジェフの長い1日 愛国者学園物語 第228話
(2618字) 強矢が中学2年生になった春、ジェフはある仕事を引き受けて、東京に赴任することになった。彼のホライズンを経営するリーダーシップ、それに日本文化への深い造詣(ぞうけい)を見逃さなかった米政府は、
彼を駐日大使
として送り込んだのだ。この決定は当初秘密にされていたので、ホライズンの最高意思決定機関であるザ・カウンシルのメンバーしか知らず、美鈴のような一般レベルのスタッフには伏せられていた。ジェフとしては、彼らを驚かすつもりだったからだ。ジェフは東京支局長によって、美鈴たちが知らせを聞いて目が点になったと知り、一人で喜んだ。
彼は着任早々に仕事を始め、テレビ局などからのインタビューの申し出を数多く受けた。ウニが大好物で、日本人みたいな日本語を話す大使として、すぐにお茶の間の人気者になった。もちろん、ホライズン東京支局や東アジア総局にも足を運び、皆に挨拶をして回った。ジェフは美鈴を見ると、
「来ちゃった。ウニと穴子の魅力には勝てなかったよ」
と言って、相好(そうごう)を崩した。美鈴は
「歓迎します、マイケルも大喜びでしょう」
と言い、最高レベルの上司の栄転を喜んだ。
もちろん、そういう表の付き合いだけが大使の仕事ではない。
秘密の付き合いもあった
。米国の電子情報機関NSAの長官と国家情報長官を務めた、今は亡き親友マイケル。その彼が残してくれた、日本の情報ネットワークの関係者にも挨拶回りをした。マイケルの交友の広さのおかげで、そのネットワークには貴重な情報があふれていた。
その内の一人は、日本政府の危機管理中枢(ちゅうすう)に関わっていて有益な人であると、マイケルから聞いたことがあった。ジェフたちは初対面にも関わらず、マイケルとの友情を懐かしみ、これから協力することを互いに約束した。この人からの情報は「オラクル」に使えるだろう。ジェフは喜びを感じた。
それから梅雨を過ぎ、夏が来て、9月になった
ある木曜日
。その事件が起きた。その時、ジェフは、大使館の目の前にあるホテルオークラ東京にいた。そこのバンケットホールで開催されていたパーティーに加わっていたのだが、事件の知らせを受けると、静かにホールを出て、車を待たずに走り出した。
大使館正門を警備する警察官たちは、大きな爆発発生の知らせを聞いて、警戒を最高レベルにした。すると、彼らの視線の先には、あの「ウニおじさん」がいて、血相を変えて走ってくるではないか。彼は走りながら、警察官たちに上手な日本語で「警備よろしくです」と言い、大使館から出てきた海兵隊員たちに守られて大使館に入って行った。米大使があんなにあわてているなんて、これは大問題になる。正門横にある派出所の警部補は心配になった。
大使館の地下にある危機管理室には、限られた人間しか入れない。ジェフがそこに着くと、すでにこの事態への対処が始まっていた。米軍関係者もCIA東京支局の人間もいる。ジェフはそこに陣取り、仲間たちがこの事態にどう対処するのかを見ることにした。集まった情報によると、今から20分ほど前に、中目黒駅に近い雑居ビルにドローンの群れが突撃した。その直後、大きな爆発があり、7階建てのビルが半壊した模様。そのビルには「週刊まさか」の編集部があるという。
また、ほぼ同時刻に、品川駅に近い多目的ホールで大きな爆発があった。ホールでは、日本人至上主義に異議を唱える人々による討論会が行われていて、ほぼ千人が参加していた。爆発のせいで、中は地獄のようだ、と現場を見た警察官が伝えたという。
それ以外にも悪い知らせがあった。ネット上では、
正体不明のドローン編隊が米大使館と横須賀にいる米の空母も攻撃する
という情報が飛び交っている。その真偽は不明だが、警戒が必要だろう。そこで、大使館は米軍横田基地の地下にある防空壕(ぼうくうごう)に、大使館機能の一部を移すことにした。あと10分ほどで準備が整い、ヘリが出発する。ジェフは即座にここに残ることを決め、幹部たちの一部を横田に向かわせた。
ジェフは「日本人至上主義に異議を唱える討論会」という言葉を思い出して、嫌な予感に囚われた(とらわれた)。
(まさか、ホライズンの誰かがそれに参加しているのでは? )
美鈴はどうしてる?
ジェフはすぐにiPhoneで美鈴に、「今どこにいる、テロが起きた、無事かい? 連絡を乞う」と、メールを送った。
そして、東京支局に電話した。相手はすぐに出て、この電話をホライズンのトップであるジェフがかけていると知り、緊張していた。彼は東京支局と東アジア総局全員の安全を確かめろ、美鈴はどこにいるか確認したらメールを送れ、と普段の穏やかさをどこかに置いて、命令した。
ジェフは手が空いている事務員を呼び出し、あのホールの討論会に参加した有名人は誰か、すぐに確認するよう頼んだ。周囲を見回すと、この危機において、この大使館は上手く機能している。ジェフは自分がほぼ何もしないでも、自動的に、そのような体制が取れる大使館員たちの仕事ぶりに満足した。もしかしたら、自分たちも攻撃されるかもしれないのに。
数分で、事務員から知らせが届いた。ジェフの予感は現実のものになった。討論会には、あの田端彩子が参加すると案内に書いてあったそうだ。ひどい爆発が起きたのだ、生存は絶望的だろう……。
爆発から30分ほど経った時、ジェフの元に、あの秘密ネットワークから情報が届いた。それによると、消防庁の化学機動中隊が品川の爆発現場の空気を簡易分析したところ、強力な軍用爆薬のXF717が検出されました。そう書いてあった。
「強力な爆薬」、
美鈴たちは無事だろうか。iPhoneが振動し、それがホライズン東京支局からの電話であることを表示した。ジェフはすぐに電話に出ると、先ほどの相手が、ジェフに重要なことを伝えた。支局からも3人が討論会に参加している。
彼らの携帯電話に電話したが、返答はない。参加した3人の名前は……。美鈴は支局の図書室にいたという。
その時、ジェフの元に、美鈴からのメールが届いた。無事であること、返信が遅れたことを謝っている。ジェフは電話を切り、今度は美鈴にかけると、彼女はすぐに出た。そして、メールと同じ内容を話したので、ジェフは平静を装い、君が無事で良かった。身辺の警戒を怠るなよ、と話して電話を切った。君の親友である田端がこのテロに巻き込まれたかもしれない。そんなことはとても言えなかった。
続く
これは小説です。