見出し画像

愛国疲れ 愛国者学園物語 第220話

 「白人至上主義について学ぶつもりはないか?」

 美鈴はジェフの言葉に驚いた。美鈴が混乱していると、ジェフはウニについて語る時のように穏やかな顔になり具体的に説明してくれた。それは彼らに関する関する本を読むとか映画を見ることであり、それらのリストもジェフから届いた。白人至上主義について知ることで、逆説的に、日本人至上主義について考えようという仕事であった。そして、学んだあとは、それをまとめてホライズンに投稿せよと言い、この会話において初めて美鈴は笑顔を見せた。

「アメリカンヒストリーX」
「ブラック・クランズマン」
「SKIN/スキン」(その長編と短編)


美鈴はこれらの映画を見て、自分の感想をまとめたものの、厳しいコメントの多さに目をつむりたくなった。

「どうしてそんなに暗い内容の映画を見るのか、もっと面白い映画を見てコメントを書けよ」

「白人はそういう差別をするけど、日本には差別はない。だから、そんな映画は日本には関係ない」


そのような日本人至上主義者たちの、自分たち日本人は特別だという選民思想に、美鈴は嫌悪感を覚えた。



それをジェフとの連絡の際に口に出すと、彼から、その怒りや疑問を書くようにと指示された。
「素朴な違和感を大切にしてね」
美鈴はうなずいたが、腹の中は穏やかでなかった。


 美鈴は本当は、自分の特技である管理栄養士の知識を活かした記事を書きたかった。だが、尊敬しているUAE人の上司アフマドから、

「週刊まさか」

の特集の話を聞いて、そんな気分はどこかへ行った。

「私たちは口が悪いかもしれない。でも、真実を語る」

が、あの雑誌のモットーであったが、強引で個人情報保護のルールを無視するような取材方法は、内外から多くの批判を集めていた。だが、関係者はそれをなんとも思わず、仕事に励んでいた。だから、インターネットが世の中の大半の情報を扱う今において、珍しく、紙媒体の「週刊まさか」は良く売れていた。「業界ナンバーワン」が彼らの宣伝文句であり、かつてチアリーダーだった某タレントが

チアリーディングの最後に「ナンバーワン!」

と叫ぶ動画を流しては、ネット社会にも多くの賛同者を得ていた。その「週刊まさか」が総力特集と称して、愛国者学園の教育を批判するキャンペーンを展開するのだという。

美鈴は嫌な気分になった。もしかして、学園側と週刊誌側双方がトラブルを起こすのではないか。そして、それは非道いものになるのかもしれない……。

以下は、その特集の一部をまとめた文だ。

 愛国者学園はそのユニークな教育ゆえに、日本の左派から非難されてきた。それは彼らが子供に日本人至上主義を教え、愛国心を育てると主張しているからだろう。だから、関係者たちは世間の中傷と闘っていたが、それでも人の子であった。

「愛国疲れ」という言葉のせいで、彼らの心はどれほど傷ついたことだろう

。自分たちは一生懸命に勉強し、愛国的な市民として日本社会で生きているつもりだった。ところが、多くの難問が彼らの前に立ち塞がり(ふさがり)、彼らの「進軍」を阻んだ(はばんだ)。それだけならまだしも、その原因を彼らが知ったとき、それは乗り越えられないだろうと思える高さの壁となって、彼らの前に立ち塞がった(ふさがった)のだから。

 

この学校は世間一般の常識からすれば、変わっている学校だ

。毎朝、授業の前、学園生や教職員全員が、伊勢神宮の方角を向いて拝礼をする。学生服には、軍隊の階級章や勲章の略綬(りゃくじゅ)のようなものが縫い込まれていて、その数が多い学生はみんなから尊敬され、少ないものは劣等感を味わう。この学園での挨拶は軍人と同じ敬礼をすること。そして、学園生の制服は軍服にそっくりで、頭には日の丸と同じ色の赤いベレー帽をかぶる。その帽子には金色の糸で「愛国」という文字が刺しゅうされていた。そんな彼らは、日本古来の神道と皇室への敬意と愛国心を、つまり日本人至上主義を絶対の価値観として、世に広めようとしていた。

 
 日本が国際的な地位を失いつつある時代、そして、日本社会がかつての活力も魅力も失った時代にあって、

日本人は自らを過度に賛美し誇示するような日本人至上主義の甘い誘惑に浸った

(ひたった)。つまりは、神道と皇室と愛国心、言い換えれば自らの神と王と国土に頼ることで、厳しい時代を生き延びようとしたわけだ。


 こういうわけで、日本人至上思想に染まった偏狭(へんきょう)な精神を持ち、

自らを「神国日本を守護する神兵」

と名乗る子供たちが社会から賞賛された一方で、学園に反対する人々は社会から激しく非難された。だが、そのような反対者たちは、酷いことを言われた。日本人のくせに神道を侮辱する異教徒だ、天皇を疑う不敬な輩(やから)。外国人、それに、愛国心のない連中だから反日勢力だ、などと侮辱されたのだ。

反日勢力とは、日本人至上主義に反対する者を指す言葉だが

、愛国者学園の学園生たちや日本人至上主義者たちは、彼ら反対者を目の敵にする。加えて、反日勢力を日本から絶滅させろなどと主張する日本人至上主義者たちも少なからず現れた。それは、自分たちに従わない同胞へのテロを容認する意見であった。


 そのような愛国者学園と、それを支える日本人至上主義者たちが少なくない数いる今の日本。そして、事態は意外な方向へと進んだ。「愛国疲れ」という言葉が世間の人の耳に入るようになったのは、愛国者学園が開学して3、4年経ってからのことだ。色々と定義はあったけれども、簡単に言えば、

愛国者学園の学園生たちが、学園での生活を続けるうちに精神的に疲弊(ひへい)してゆく、

というものだ。本当なら、ティーンエイジ特有の輝かしい思い出を山盛りにした日々を送っているはずの彼らが、なぜ、そのような精神的疲労に悩まされるのか。

続く
これは小説です。

次回第221話 愛国疲れ2。愛国者学園でのびのび学校生活を送っているはずの学園生たち。でも、彼らは「愛国疲れ」に悩んでいました。彼らは一体何に悩んでいるのか。その実態とは? 次回もお楽しみに!


大川光夫です。スキを押してくださった方々、フォロワーになってくれたみなさん、感謝します。もちろん、読んでくださる皆さんにも。