見出し画像

土曜日の午後 愛国者学園物語178

 またもや、美鈴の朝は

二日酔い

で始まった。昨日、あの会合から帰宅した後、彼女は六角形の青いビンに入ったジンを片手に考え事を始めて、結局、夜明けまで起きていた。そして、二日酔いだ。休日の朝なんてこんなものだ。インスタントの味噌汁と大きな梅干しを、まだ酔っ払っている胃袋に流し込んでから、パソコンを開いた。



 今日が8月6日土曜日、広島に原爆が投下された日だとは知っていても、何かをするわけじゃない。美鈴には原爆よりも、気になることがある。


(そろそろ、『来る』、はず……)

美鈴がその来襲を待ち構えていると、iPhoneが軽やかなメロディを奏でて、相手が通話を望んでいることを知らせた。


(叔母さんだ! お節介な、お喋りさん!)

ビデオ会話アプリの中で、桃子がニヤニヤ笑っている。

(今日はご機嫌ね)


 二人は形ばかりの挨拶を交わすと、この1週間の話題を互いに投げ合った。美鈴のそれは何といっても仕事のことだ。ホライズンのことを話すと、なぜか桃子はとても喜ぶのだ。マスコミの職場がそんなに珍しいのかと、美鈴はいつも疑問に思うのだが、桃子はその理由を言わない。彼女は美鈴をこの世界に引き込んだマイケルと、美鈴にとっては最高の上司であるジェフがお気に入りなのだが、二人は偉すぎて、美鈴が彼らと会うチャンスは少ない。だから、なかなか二人のネタを桃子に話せる機会はなかった。


 

桃子の話題

は、やはり自分たちの店である「みつはし肉店」のことだ。常連さんの誰々さんのお嬢さんが結婚したとか、誰の家で不幸があったとか。そうやって話題になった人々の中には、美鈴も知っている人がおり、その近況を聞いて驚くこともある。桃子がそういう街の話だのゴシップだのを話し出すと、時間がいくらあっても終わらない。それに彼女がうれしそうに話すものだから、美鈴も叔母の勢いを止められないのだ。だから、美鈴は内心では呆れているのに、表向きはそれを楽しむ姪を演じるしかない。


 美鈴は他愛もない話題を楽しんでいるように見せかけて、その実、腹の中では、いつ桃子が「本題」に切り込んでくるかを推し測っていた。桃子はいつもそうだ。世間話をしてこちらの警戒を解いてから、いきなり「本題」へと話題を振るのだから、油断も隙(すき)もあったもんじゃない。

(まるで容疑者を取り調べる刑事じゃないの? 私は容疑者なのかしら? 刑事桃子さん?)


 世間話があらかた終わると、桃子は美鈴と西田の会合の様子を知りたがった。美鈴としてはそれを隠す理由もないので、あの第6回目の会合の話題を並べて、桃子の方角に押し出した。


 「いろんなこと話したのね、大変だったじゃない」

それを聞くと、パソコンの中の桃子に対して、熱い気持ちが湧き上がってきた。美鈴はそれをわざと押さえつけてから、

「ありがと」

とだけ言って、本音を口にした。


 「私たちも変な人間よ。神道や皇室なんて自分に関係がないのに、一生懸命それを語っている。そして、世の中の出来事に心を痛めているんだから。自分にはどうでもいいことのはずなのに、社会の問題を語って、あの学園の子供たちの行く末を心配するんだから」

「もしかしたら、それも愛国心なのかもね」

「え?」

「愛国心と言うと、軍人になって敵と戦うような勇ましいことだけを思い浮かべるじゃない。零戦に乗って敵に神風攻撃を仕掛けて自らも果てるとか、みんなで一斉にバンザイ突撃して全滅する、みたいな。そういうことが愛国心だと叫ぶ、それが日本人至上主義者じゃないの?


 

だけど、自分たちが生きる社会の問題点を見つけ、自分とは関係がない子供たちにそれが害を及ぼさないよう、考え悩むことも、愛国心がすることなんじゃないの?

 究極的に言えば、祖国と子供たちを守っているんだからさぁ」

(そうか、そういうのもありか……)

美鈴は思わぬ所を打たれた。

続く
これは小説です。

いいなと思ったら応援しよう!

🎈小説「愛国者学園物語」by 大川光夫   フォロバ100%です。
大川光夫です。スキを押してくださった方々、フォロワーになってくれたみなさん、感謝します。もちろん、読んでくださる皆さんにも。

この記事が参加している募集