カッコいい軍隊に気をつけろ その1 愛国者学園物語138
「私はジェフさんの『カッコいい軍隊に気をつけろ』『カッコいい自衛隊に気をつけろ』を読んで、感心したんですよ」
美鈴の表情が明るくなった。
「あれを読まれたんですか」
「うん、一時期、あの文章のせいでジェフさんがひどく批判されたでしょう。日本びいきの米国人なのに日本を侮辱しやがってと、抗議のデモ隊と、右翼の街宣車の群れがホライズンのオフィスのあるビルを取り囲んだじゃない。それに、ジェフさんに対する殺害予告で5人も逮捕された。それと、あれが国防に関するものだから、私は関心をそそられたんだ。美鈴さんも読んだんですね、教材だから?」
「はい、研修で読むように命令されて、うんざりするほどレポートを書くはめになりました」
美鈴の苦笑いに、西田も釣られて笑った。
それは、ホライズン・メディア・グループのCEOであるジェフことジェフェリー・ラトレイユの手による軍隊批判であり、ジャーナリズム論であった。ホライズンの報道部門の人間、特に新入りは教材としてそれを読み、題材として取り上げた映画や文献に関して、レポートを書くことが求められている。
要は、ジャーナリストは軍隊の「カッコいい」イメージに騙されないで、その真実の姿を追うべきだ。民主主義社会に生きる私たちが軍事に対して疑問を持つことは当然である、という内容であった。
題名の『気をつけろ』というのはたとえであって、軍人たちを馬鹿にするためにそういう題名をつけたのではないと、彼はわざわざ断った。
そして、米空軍大将だったマイケル・ゴンザレス(前・国家安全保障局/NSA長官、現・国家情報長官)は自分の無二の親友であり、日本で知り合った。私は彼を通して軍隊の仕事の厳しさと必要性を理解した、とも付け加えたのであった。彼は以下の話題について、米空軍の大幹部として、日本に長く滞在し、日本語を流暢に話し、防衛省や自衛隊関係者に多くの知己を持つ我が親友、マイケルの力を借りずに書いた。彼ならば、より詳しい話を知っているかもしれないが、私は尋ねないことにした。彼には迷惑をかけたくないから、と付け加えた。
ジェフは最初に、議論を深めるために、なぜ国民は軍隊を支持しなければならないか、について長文を書いた。そして、その後で『カッコいい軍隊に気をつけろ』を披露したのである。
(中略)
「カッコいい」イメージとは、綺麗な制服を着た軍人のポスターや映像が、その典型だ。たくましい彼らが軍事パレードにおいて、整然と行進し、見学者から拍手されているような動画もそうだ。あるいは、軍隊が大戦果を上げたニュース。91年の湾岸戦争では、米軍の精密兵器が敵の施設などを完膚なきまでに破壊する動画がいくつも公表されたが、あれは米政府が「良い印象」だけを公開したと批判されても仕方がない。
国家や国民は、軍隊がいつも勝つことを要求するから、悪い情報は聞きたくないのだ。だから、彼らは悪い情報を伝える人間は悪だと決めつけてしまう。そして、勝つことこそ愛国者としてふさわしいという感情が広まり、それが真実を歪めてしまう。
また、今はインターネットの時代だから、カッコいい軍人が職務に専念している動画や画像が無数に世の中に流されている。軍隊を組織する政府がそういう動画や画像を星の数ほど作り、発信しているのだ。あるいは、怪しげなブロガーなどが、著作権やネット社会のルールを無視して、他人の動画や画像、それにデータを使って、信頼性に欠けるコンテンツを作り、それを社会に垂れ流している。
日本には「旧日本軍の兵器は凄い」とか「自衛隊は凄い軍隊なんだ」という内容や見出しの動画、あるいはSNS投稿の記事がかなりある。あれは一体誰が作り投稿しているのか? あれらは信頼出来る内容なのか。それら投稿のほとんど全ては、データや画像の出典が明らかではない。つまり、その制作者たちは他人のデータや画像を許可なく使っていると言える。
それらの動画は、まさか、自衛隊へ好感を持つ国民を増やすために、日本政府が画策して投稿したのだろうか。自衛隊による心理作戦なのだろうか。
それはともかく、そういうものだけを見ていると、軍隊が素敵でカッコいい人々の集団だと無意識に思い込むようになるのではないか。だが、それではいけない。政府が何を発信して、何を隠しているのか、考えなければ、軍隊の本当の姿は見えてこない。
ジェフはこの後で、簡単にAIと軍事の問題を述べ、まとめとして、殺人ロボットではなく、防衛用ロボットなら倫理的な問題はないとか、人が介在せず機械が戦う戦争は「クリーン」で「人道的だ」などと主張する人間たちを批判した。そして、そのような戦争用ロボットやAIは文字通り機械的に人を殺傷するだけで危険だと主張し、マスメディアはその開発と運用を監視すべきだとした。
技術さらに進歩した今、2020年では、ロボット兵士も夢物語ではないと、彼は指摘する。映画「ターミネーター」シリーズで描写されたターミネーターほどではなくとも、ああいう殺人ロボットが登場しかねない世の中だ。私たちが生きている今、HONDAが開発したASIMOや、ボストンダイナミクスの器用に歩く二足歩行ロボットのように、人類の夢でしかなかった「二本足で歩く機械」が現実のものになった。となれば、そう遠くない将来に、それらを参考にした@人ロボットが登場しないとも限らない。もちろん、二足歩行のロボットでなくとも良い、機械を@人ロボットにすることは簡単だろう。
(中略)
日本が世界に誇る漫画家・手塚治虫は優れた洞察力を持っていた。それは、彼の代表作「鉄腕アトム」で、ロボットが兵器として使われかねないことを描いていたからだ。また、日本の人気アニメ「ルパン三世」の第2シリーズの155話「さらば愛しきルパンよ」は、ロボット兵の問題を取り上げている。宮崎駿が別名義で参加したこの作品は、ロボット兵の恐ろしさが明らかになる内容であり、この問題を考える上で参考になろう。
(中略)
ハイテクによる軍事行動は、自分の手を汚さずに敵を@せる手段としては、良い方法なのかもしれない。しかし、攻撃用ドローンによる問題は深刻だと、彼は続けた。
そして例として、
ヘレン・ミレン主演の映画「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場」、
Amazonビデオなどで配信された「トム・クランシー/CIA分析官 ジャック・ライアン」のシリーズ1、
あるいは日本のアニメ「PSYCO-PASS」(サイコパス)の劇場版三部作の2作目「Case.2 『First Guardian』」
を挙げた。
彼は、それらで描かれたような、ドローンによる人間への攻撃と、それに苦悩を感じる軍人や政治家たちが今後の世界で大きな問題になる、と断言した。自分は直接相手を殺さずにミサイルの発射スイッチを押すだけなのに、誤爆が起きて民間人の巻き添え犠牲者が出た、ドローンのパイロットがカメラに映ったショッキングな光景を目撃してしまい、精神的な傷を負ってしまったなど。それは、戦場から遠く離れた場所に設置された操縦席でドローンをカッコ良く操縦している姿とは程遠い。そして、それが現実なのだ。
私たちはドローン操縦者の苦悩に向き合わなくてはいけない。彼らを放置してはいけないのだ。
ドローンやロボットが主体の戦争では、人間が直接手を汚さないから、人間同士が戦う戦争よりももっと酷いことが起こるかもしれない。それはおぞましいことになろう。
人間の大部隊が敵地に向かって出撃すれば、それは大きな話題になる。たとえ、政府がそれを隠していても。だが、ドローン部隊が出撃しても、それを隠すことは容易だ。何しろ、あれは人間と違って話もしないし、苦情も言わないからだ。だから、ドローン戦争は人目につきにくい戦争とも言えるだろう。
あるいは、それらがテロに用いられる可能性も否定出来ない。徘徊型自爆ドローンが突っ込んできたら、VIPとその警護者たちはどう対応すればいいのか。どう阻止するのか。
私たちジャーナリストは、誰も語らないドローン戦争の真実を伝えなければいけない。彼はそうまとめた。
続く
これは小説です。誤解なきよう付け加えますが、私は保守派で、軍隊必要論者です。また憲法改正に賛成の立場であり、自衛隊を自衛軍か国防軍にすべきだと思っています。それに徴兵の禁止と侵略戦争の禁止を付け加えたい。もちろん、現行の憲法と同じく平和主義と国際協調路線は変えません。
そういう私が軍隊を疑うようなこの文章を書いたのは、私が、軍隊に対して熱狂的なファンにならず、冷静にその長短を見ようという考えの持ち主だからです。ですから、自衛隊の熱狂的なファンとは仲良くはなれないでしょう。
ジェフについては、以下の記事をどうぞ。
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