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フランスパンの歌 愛国者学園物語 第212話

ファニーへの抗議

は、日本人至上主義者たちの怒りを、特に暴力的なそれを際立た(きわだた)せた。

 その一員である作家の赤城智彦は「

ファニーという名の暴力

」という論考を、日昇新聞(にっしょうしんぶん)に投稿した。それは、ファニーの言動は日本国と日本人への暴力であり、あの女に親切にした我々日本人への裏切りである。だから、私たちはあの女の暴力に対して実力行使で立ち向かうべきなのだ、という内容だった。

 その主張に多くの日本人至上主義者たちが賛同した一方で、厳しく非難した人々もいた。彼らはファニーの肩を持つ者、暴力を否定するグループ、単なる野次馬に言論人からなっていた。

 ホライズンは国際社会を支えるマスコミの一員として、赤城の主張に反対した。ファニーの本が多くの日本人を怒らせるような内容であることは事実だが、彼女は日本人に暴力を振るったわけではない。彼女への怒りを、パンを踏むとか、ワインを飲まずに捨てる、あるいはフレンチレストランを襲撃することで表すとは、間違っている。それゆえ、赤城の主張は間違いだ、とした。

 

田端彩子

も、赤城を非難した。彼女いわく、ファニーが「事実を指摘したぐらい」で、暴徒になるような日本人はどこかおかしい。

 

 ファニーの本に激怒する人は多いが、そういう人々は誰一人として、ファニーの主張を覆せて(くつがえせて)いない。それは、彼女が多くの事実から彼女の主張を組み立てているからだ。彼女が指摘した日本に関する事柄は、すべて事実に基づいている。

 それは、ホライズンのようなメディアによる検証でも明らかで、彼女が嘘を元に言いたい放題をしているわけでないことが証明されている。だから、言論には暴力ではなく言論で対抗せよ、と赤城たちを挑発するような含みを持たせた文を公開した。

パンを踏みつけ、ワインをドブに捨てるような抗議が始まってから、およそひと月。日本では、不思議な歌が流行した。それは、

「フランスパンの歌」という。


「🎵 フランスパン、フランスパン、食べて美味しいフランスパン。

ふーんじゃダメだよ、フランスパン。

フランスパン、フランスパン、みーんな大好き、フランスパン。

クロワッサン、クロワッサン、三日月みたいなクロワッサン。

ふーんじゃ、だーめだめ、クロワッサン。

クロワッサン、クロワッサン、みーんな大好きクロワッサン」


これは、

評論家の根津透(ねず・とおる)が作詞した曲

だった。彼は、自らこれを歌っている姿を写した動画を公開し、それは世界中で転載されたので、その根津が世界で注目されるきっかけになった。元・警察官僚で、元・内閣情報官、つまり日本の情報機関である内閣情報調査室のトップだったという経歴も人々の目をひいた。しかも、日本人至上主義者で満たされた感のある日本政府の、それも中枢にいた人間が、どうして、それに反対しているのか、そして、こんな歌を考えついたのか。各国のマスコミからのインタビューが殺到したが、根津はホライズンのインタビューを重視した。それは根津とジェフ、それに同じ情報機関関係者だったマイケルとの友情があったからだ。彼は、今回の日本人至上主義者による激しい抗議や暴動に心を痛め、自分なりに何か出来ないかを考えていた。そして、この歌を考えついたのだった。カラオケが好きな彼だから思いついたんだよ、とジェフは語ったが、根津はまさかこんなに注目されるとは思っていなかったと、本音を言った。

 ホライズンは世界各国で活動している企業として、各国の言葉に通じていたので、

この歌を100ヶ国語ちかい言葉に翻訳

して公開し、世界に広めた。


 もちろん、そのような根津に対して、日本人至上主義者の怒りが爆発した。

その筆頭は、あの

吉沢友康議員

であり、彼と根津は犬猿の仲だった。それも、根津が内閣情報官だったころに、政府がぶち上げた「尋問法案」と称する、スパイ容疑者などを薬物などで尋問出来る法案、通称

「拷問法案」

のせいだった。賛成派の吉沢と反対派の根津はお互いに罵り合い、「尋問法案」を成立させた政府に抗議する形で、根津は辞職したのだ。だから、吉沢は自分を馬鹿にした根津を許していなかった。それで、吉沢はこの曲を激しく責め立て、根津を馬鹿にした。加えて、この件を派手に語り、日本人至上主義者たちが根津を攻撃するように仕向けた。

 その結果、根津のブログや動画の転載先には、日本人至上主義者たちの烈火のようなコメントが無数に書き込まれたので、ブログの運営企業は、激しい表現を含むコメントを規制した。だが、今度は、その企業に脅迫を含む抗議が殺到し、企業は規制を解除した。そして、一部のマスコミがそれをとがめると、その企業の社長は悲しい顔で、
「社員の安全のためです」
と答えたが、腹の中では、自分の会社が世間の大きな注目を浴びたことを喜んでいた。

 一方で、パンやワインを粗末にする事件に怒る世界中の人々が、ホライズンが翻訳した根津の歌を歌って、それをネットで公開するようになった。そして、これが広まるにつれ、日本ではフランスパンを踏み、ワインを無駄にする抗議行動は少し減った。やがて、2ヶ月ほど続いた、

ファニーへの抗議も鳴りをひそめ

、日本人至上主義者たちは、彼女を無視するようになった。

 ファニーはベトナム系のフランス人なので、ベトナムでもファニーの本は大きな反響を呼んだし、彼女の外見が変貌したことも話題になった。もちろん、ベトナム政府関係者は何も言わなかった。ある記者会見でこの問題を問われても政府の広報官は、そういう本が売られている事は知っているが読んだことはない、とありきたりの答えをして、この問題を無視した。ベトナム語を流暢に話し、ベトナムの文化にも通じた根津は、ファニー事件をベトナムとフランスの視点から調べて本にまとめて好評を得た。事態が落ち着いてから1年後のことであった。

 

では、ファニーはどうなったのか?


 彼女は本がベストセラーになっても、ほとんどインタビューを受けなかった。そして、それを受けても、ごく当たり前の答えを述べるだけで、あの本で見せたような日本への怒りは、なぜか態度に出さなかった。それに、彼女が髪を金髪に染めたことや、目元を整形したことの理由も、謎のままだった。やがて、彼女は職を辞して、故郷に帰った。そして、家庭教師をしながら、静かに暮らしていることが報道された。

 結局、ファニーの本がもたらした混乱では、強矢悠里がその存在を大きくした。

この件で、彼女は日本人至上主義者だけでなく、日本のお茶の間にも知れた顔になったのだ。そして、その事実は、強矢とその周囲にいる人間たちを増長させ、彼女がさらに成長する原動力になった。

 

一方で、美鈴もさらに有名になった。

美鈴自身は、メディアに積極的に出ることをしなかったが、その外見や好きなサイクリングが話題になり、ファンを自称する人々も出現した。美鈴はそれに呆れたけれども、その様子を見ていた桃子は、味方が増えるといいわね、と思った。「味方」の出現は、日本人至上主義者たちからの中傷の嵐の中では、美鈴たち親子にとって有難い助け舟であった。


続く
これは小説です。
次回第213話 「ライオン狩り事件」。派手なパフォーマンスで有名な愛国者学園、そして、学園を代表する子どもである強矢悠里。その強矢が世間を驚かせた出来事とは? そして、美鈴の身に何が起きたのか! 
次回もお楽しみに!


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